2010.11.30 (シャニム33号掲載)
地方発!世界で活躍する会社Vol.3
欧米の有名ブランドが絶賛!
群を抜く高品質のデニム生地
編集工房リテラ◎田中浩之
日本綿布 (株)【岡山県】

▲日本綿布の生地を使ったジーンズ。どれも微妙に風合いが異なる
日本綿布 (株)
岡山県井原市東江原町1076
代表取締役社長 川井眞治
TEL.0866-63-0111
Web: http://www.nihonmenpu.co.jp/

▲川井眞治社長(江戸時代の山陽道沿いにある社屋の前で)
「世界最高峰のデニム生地メーカー」。国内外の一流ブランドから、こう絶賛される綿織物業者が日本綿布だ。同社のある岡山県井原市を中心とする備中は、江戸時代から綿織物の産地として栄えてきた。かつては厚手で丈夫な小倉織を得意とし、軍服や学生服用として盛んに出荷。1960年代になると、伝統の手法をデニム作りに応用し、ジーンズ生地の産地として活況を呈した。
日本綿布は1917年に創業。デニムに進出したのは1985年と比較的新しいが、今では業界でその名を知らない者はいない。絶妙な風合いのプレミアムジーンズが飾られた応接室で、社長の川井眞治は1本のジーンズを手にして語りはじめた。慈しむように、優しく生地をなでながら──。
「ほら、このヘアリーなむら糸。いかにも上品な表情をしているでしょう。それに、日本古来の藍染めの技術からくるこの色の良さ。しかも商品によって、むらも色も微妙に違うんよ。日本のデニムの価値はすごく高いんですが、日本綿布はある意味ナンバーワンだと思います」
群を抜く高品質の生地は「エドウィン」「リーバイス」「シュガーケーン」「コム・デ・ギャルソン」ほか有名ブランドの商品に仕立てられる。なぜ、日本綿布のデニムはそこまで高く評価されるようになったのか。かつての綿織物の大産地・井原が、時代の波にほんろうされ、徐々に衰退していった中で……。

▲生地のでき具合を肉眼でチェックする
ヨーロッパ視察で開眼
川井が東京の大学を卒業し、曽祖父が起業した日本綿布に入社したのは1974年のことだ。当時はデニム作りの最盛期で、備中には330軒に及ぶ織物業者があった。
しかし、その後、オイルショックや円高が業界を直撃し、主に低価格商品を作っていた業者が次々に廃業していった。1980年代半ば、同業者が集まる忘年会で、ある会社の社長が「うちはもう半年も仕事がない……」と嘆いたことを川井は忘れられない。その頃、備中の織物業者は川井入社時と比べて半数以下に減っていた。
そうした強い逆風のなかで、日本綿布の業績はどう推移してきたのか。
「不況の影響はなかった。日本綿布の商品は、値段の安さではなく、質の高さが評価されていたからです。今も同じですが、取引先のブランドに信頼されて、年間を通じた完全バイオーダーを行なっていました。うちは良かったんですが……。このままでは産地自体がなくなってしまう、何とかせにゃいけん、という強い危機感がありました」
生き残るにはどうすればいいのか。川井は答えを求めて、海外を視察した。ヨーロッパ、アメリカ、中国、東南アジア。先進地も遅れた国も見て回った。自分たちが今、世界のどこを走っていて、どこに向かっているのかを確認したかった。
さらに、JETROが主催した約1カ月にわたるヨーロッパ研修ツアーに参加した。イタリア、フランスなどの各国をじっくり回るうち、川井は強い衝撃を受けた。北イタリアのトスカーナをはじめ、昔から知られている有名な産地が軒並み壊滅状態に陥っていたのだ。まるで近い将来の井原を見る思いがした。
ヨーロッパの産地が衰退した原因の1つは分業体制にあった。繊維産業は「染める」「織る」「仕上げる」という工程に大きく分けられ、それぞれを受け持つ業者が連携しながら商品作りを進めてきた。このため、どれか一角がなくなってしまうと、連鎖的にほかの工程も立ち行かなくなる。その結果、産地そのものが消滅してしまうのだ。
このままでは井原もトスカーナと同じ道をたどり、日本綿布も廃業せざるを得なくなるかもしれない。その事態を避けるには、社内で全行程をまかなえるように、一貫生産体制を完成させるしかない。川井はこう決断し、帰国後、工場の整備に取りかかった。
設備は着実に改良され、今では社内で最終作業の洗い加工まで行なえる。生地メーカーでありながら、高品質のオリジナルジーンズや本藍染めシャツなども製造、販売できるようになった。

▲ニューヨークのジーンショップで
海外比率70%が目標!
川井がJETROの研修で考えたことはもう1つあった。海外進出である。以前から漠然とした思いはあったが、ヨーロッパなどの産地が崩壊しているのを視察して、食い込むことは可能だと判断した。けれども、すぐに機会は訪れない。川井は将来を展望し、主軸をデニムに方向転換して、チャンスとの出合いを焦らず待った。
念願の海外進出を果たしたのは1990年代半ば。ロサンゼルスでデニム洗い加工を営む友人を通じて取り引きが行なわれるようになった。当時、アメリカのデニム業界では、高品質・高価格のプレミアムジーンズの人気が爆発。価格に見合う最高級のデニム生地を作るメーカーとして、日本綿布に白羽の矢が立ったのだ。
取り引きの仕方は、国内でやっていた方法と同じだ。不毛な低価格競争はしない。メーカーの担当者と直接話をして、プロとして積極的に提案し、先方が求める高品質のものを確実に提供する。川井の信念は、舞台を海外に移してもぶれることがなかった。
「スタンダードな商品を主力にしていたら、同じものをもっと安く作れる中国に負けてしまいます。しかし、うちのデニムのレベルになると、中国でもヨーロッパでも真似することはできない。品質が群を抜いて高ければ世界でも十分闘えるのです」
だから、素材にもとことんこだわる。川井が最近注目しているのは、消費者にも農家にも優しいオーガニックコットンだ。「リー」の収益の一部を使うウガンダでの井戸掘りや、オーガニックを志す農家を支援するプロジェクトにも参加している。また、サトウキビのしぼり粕からのデニム作りにも成功し、特許も取得した。そのユニークな生地を使ったブランド「シュガーケーン」はジーンズファンに絶賛されている。
現在、日本綿布の顧客は国内外に約200社。海外比率は20%だが「あと5年で半々の比率にまで持っていく。最終的には海外比率を70%にまで高めたい」と川井は力強く話す。 品質のよさが価値を作る──。この揺るぎない信念によって「世界最高峰」のレベルを保ち、難なく目標を達成することだろう。 (敬称略)
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