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2008.05.20 (シャニム23号掲載)

子どもがネットの危険を疑似体験―岩手県のリスク教育:Page1

ネットリスク対策実践講座

子どもがネットの危険を疑似体験
注目集める岩手県のリスク教育

規制より教育が重要も、効果的な指導法がない現状
実被害にあわずにネットの怖さを体験できるソフトを岩手県が開発
自動車教習所をヒントに、外部ネットと同等環境を校内システムで構築
出前授業で効果を確認、教員研修で広がる現場の活用

 とある小学校の総合的な学習の時間。キーワードを調べ ようとインターネットで検索中、突然に表示されたホームページ(HP)には「お・と・なのアイドルのページへようこそ」の文字。いわゆる子どもにとっての 有害サイトだ。

 表情をこわばらせる子ども、笑う子どもと反応は様々だが、画面上の「あなたは18歳以上ですか」の質問に子どもたちは 「いいえ」をクリック。だが、画面には「ご利用ありがとうございます。60日間2万4000円」と代金請求のメッセージが表示される。
 動揺する 子どもたちに、「こうしたHPが表示されたら、何もボタンを押さずにページを閉じましょう」と先生が静かに語りかけた。

 実はこれ、岩手 県立総合教育センターが開発した教材ソフトで、主に情報モラルやリスク対策の学習を目的とした「情報サイト8」を活用した授業風景である。
 この ソフトは外部のネットワークにつなぐことなく、校内システムだけで外部ネットと同等のコンテンツを利用でき、実際のHPで被害にあわずにネットリスクの怖 さを体験できることが大きな特長だ。

 

 

リスクやモラル教育の壁

  現在、青少年に対するネット上のモラルやリスク対策は教育現場のみならず、政治の場などでも議論されている。最も話題となっているのは「青少年ネット規制 法」だろう。
 18歳未満の青少年がインターネットや携帯電話で有害ソフトを閲覧できないようにする法案である。こうした規制も必要だが、最も求 められているのは早期の教育だ。
 「規制よりも教育が大切。ネットを使う時のモラルやリスクを学校で学んだのは高校1年生の時。だが、中学生から ネットを使っていた自分には遅過ぎた」。

 某テレビ局の番組にゲスト出演した高校生の発言だという。これは、教育現場の現実を如実に表し ているのではないか。
 もちろん、小中学校の段階でリスク対策やモラル教育に取り組む学校も少なくはない。教師自らが様々なカリキュラムを考え、 工夫しながら子どもたちと接している。

 だが、そこには1つの大きな壁があった。「子どもたちがインターネットの危うさを、身を持って体 験できない」(岩手県立総合教育センター情報教育担当の及川晃貴研修主事)こと。リスク意識を持ち、実際にネット上で危険にさらされた時に対処できる能力 は、知識レベルの学習では不足。そもそもリスクとは何かを経験から学ぶことが、欠かせない。

 とはいえ、有害HPや詐欺サイトなどへ実際 にアクセスさせるわけにいかず、知識主体の教育となっているのが現状だ。リスクを教える立場の教師にしても同じ。ネット上でリスクを体験しているわけでも なく、机上知識や観念だけで教えているケースがほとんどといえる。
 リスク対策やモラル教育のこうした課題を解決する1つの答えとして注目される のが、岩手県の取り組みだ。

 

リスク体験可能な環境を構築

 岩手県立総 合教育センターが、情報サイト8の開発をスタートしたのは04年のこと。きっかけは、長崎県佐世保市で起きた事件だった。小学6年生の女児が同級生の チャット仲間を刺殺したニュースは記憶に残っているのではなかろうか。

 リスク教育の手法が知識提示型から進展しない中、効果的な情報教 材の作成を研究テーマに、開発に取り組んだ。及川研修主事は「インターネットは便利な道具だが、それを使うための準備が子どもにとっては十分ではない」と いい、「車に例えれば、いきなり一般道に出て行くようなもので危険きわまりない」と語る。
 解決策のヒントは、自動車教習所の仕組みにあった。周 知のように公道へ出て行くには学科教習や所内教習などを経験しなければならない。

 現状の情報教育は、学科だけでいきなり路上へ出ていく ようなもの。子どもたちに事前にネットの仕組みやリスクを経験させて、ネットの危うさを実感させることはできないかと思案。
 思い至ったのが、公 道と同じ環境を設置する自動者教習所のように、限られた範囲内で外部ネットワークと同じことを経験できる疑似体験ソフトを作成することだった。

図1) 「情報サイト8」のシステム構築イメージ

「情報サイト8」のシステム構築イメージ図1-(*1)システムプログラムは、CDある いはHPからのダウンロードのいずれかの方法でインストールすればいい

 その仕組みは図1の通り。開発したプログラ ムを校内サーバーにインストール。各端末はサーバーにアクセスすれば、教材ソフトを利用できる。また、プログラムをインストールしたノートパソコンをサー バー代わりに、個別の教室で簡易的にシステム構築することも可能だ。
 利用できるコンテンツも多彩。掲示板やインターネット検索、電子商取引、 フィッシングサイトなどネット上の代表的なコンテンツやリスクをほぼ網羅している(図2)。サービス内容は外部ネットワーク上と同じだ。

図2) 「情報サイト8」のコンテンツメニュー

「情報サイト8」のコンテンツメニュー

 

  例えば、ネットオークションでは実際に出品や落札が可能で、外部ネットワークにつなぐ必要はあるが、携帯電話へ落札情報を送信することさえできる。
  また、校内サーバーでコンテンツを管理するため子どもたちにネットの裏側を見せたり、教師側が仕掛けをして意図的にリスクを体験させることも可能なのだ。

 

仕組みの中 でリスクを学ぶ

では、具体的な活用法と効果はどうだろうか。「有害サイト」「掲示板/チャット」 「ネットオークション」を例に見てみたい。
 有害サイトの活用法は冒頭に触れた通りだ。事前に何も知らされていない子どもたちは、突然の不正請求 を前に例外なくあわてるもの。動揺を経験することが重要なポイントであり、このタイミングで対策を学ばせることが、ネットの危うさと回避方法を習得するこ とになる。

 掲示板やチャットは、ネット上のルールやモラルを学ぶ上で効果が高いツールだ。子どもたちに自由に書き込みをさせる中で、ロ グ情報(*1)が残った管理者画面を子どもに提示。匿名性が高いといわれるネットが、実際にはそうではないことを体感できる。
 この教材ソフトで は、サーバーにつながった各端末のIPアドレス(*2)を取得しており、端末を使っている子どもの特定も可能である。

 ネットの裏側を見 せた上で再び掲示板やチャットを使わせると、それまで自由にキーボードを叩いていた子どもの手が止まるという。ルールを遵守すれば個人情報は守られるが、 モラルを逸脱し例えば事件に関わるようなことがあれば匿名性は崩れる。ネットといえどもルールを守って書き込むことが不可欠という知識を、身を持って習得 させるわけだ。
 ネットオークションは、擬似取引を通じて様々なリスクを体験できる。教師の手腕が物をいうコンテンツといえる。

  例えば、生徒同士が取引を体験している中、教師側が偽の出品情報を仕掛けるのだ。ある事例では、缶ジュース型のキーホルダーをクローズアップ撮影した画像 を使い、本物の缶ジュースとして出品。飲料水だと信じて落札した生徒にキーホルダーを手渡すことで、生徒にネット上の情報をよく観察しなければならないこ とを体験学習させることになる。

  「知識としてネットの危険性は知っていても、興味本位などルールやモラルに違反する子どもは必ずい る。それはネットの本当の怖さを知らないことが大きい。限りなく実態に近い体験を通じてネットの危うさを学んでほしい」と語る及川研修主事。その効果は高 そうだ。
 また、豊富なコンテンツは、この教材ソフトを活用する学校や教師の裁量や工夫次第で様々に活用できる。三田正巳研修主事は、「情報モラ ルの教育ソフトとしてはもちろんのこと、ネットやサービスの仕組みを教えるツールとしても使ってもらいたい」と思いを語る。

 

教員 研修にも力を注ぐ

 岩手県が開発した情報サイト8は専門家が「これほどリアルな体験型ソフトは珍し い」と舌を巻くほど完成度が高い。だが、現場が有効活用できなければ宝の持ち腐れだ。
 そこで、教材ソフトの提供を始めた07年5月以来、その活 用法を教員研修の内容に盛り込んだ。子どもたちとまったく同じスタイルで授業を受けてもらうのだ。この1年間で研修を通じて同ソフトを体験した教員は約 800名に達している。

  「我々も現場にいる時はそうだったが、教員自身がどう指導していいか分からないのが現状。実態を知らなければ 効果的な教育はできないし、観念的な内容で終わってしまう。教員も体験することで説得力が出てくる」と三田研修主事は力説する。
 また、教員研修 以外にも、現場からの要請で県内の小中高校へと出前授業に足を運ぶ。すでに1200人近い子どもがこのソフトを体験。教育センター側として、「実際に授業 をやって効果の手応えをつかんでいる」と自信を見せる。

 県内校への普及は始まったばかりだが、県外の学校にも積極的に使ってほしいとい う。実は同ソフト、学校側に経済的・技術的負担をかけずに使えることを目指し、前出の三田研修主事をはじめとしてセンター内の職員たちが自ら開発したの だ。

 このため、ソフトの利用にコストはかからない。情報サイト8のシステムプログラムは、岩手県立総合教育センターのHPからダウン ロードすることが可能。学習指導案や授業の実践記録なども参照できる。
  「当センターの願いは、多くの子どもたちに健全にネットを利用する強い 心を育んでもらうこと」と口を揃える情報教育担当の職員達。この思いが、現状の情報教育を大きく変えることになるかもしれない。

(*1)パ ソコンのアクセスや利用履歴などを残した記録
(*2)パソコンなどネットに接続された端末を識別するための数字列で住所のようなもの

 

 

携 帯電話版の教材ソフト「スタモバ」も提供開始

スタモバ

 岩手県立総合教育センターは、携帯電話の情報モラル教育向け教材ソフトとして 「スタモバ(Study by Mobile)」の提供を08年3月からスタートしている。
 狙いは、「携帯電話は勉強にも使える便利なツールで あることを知ってもらうと同時に、体験を通じて正しい使い方を身に付けてもらう」(情報教育担当の奥田昌夫研修主事)こと。

 基本的な仕 組みは、情報サイト8と同じだ。サーバーに管理プログラムをインストール。携帯電話の端末代わりとして使う生徒側のパソコンには携帯電話をイメージした画 面表示を行なうソフトをサーバーからダウンロードする。外部ネットワークとつなぐことで実際の携帯電話にも対応可能だ。ネットの裏側を教えるための掲示板 やコスト感覚を学ぶための利用料金表示、学習コンテンツなどメニューも様々である。
 「提供をスタートさせたばかりで学校での活用はこれから。現 場の声を反映しながら、より有効な携帯電話向け教材ソフトとして改良していく」(同前)という。

 

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