2008.11.10 (シャニム25号掲載)
元航空機機長が綴る「熟年起業奮戦記」
新連載
元航空機機長が綴る「熟年起業奮戦記」
定年退職後の人生を有意義に!
熟年起業こそ「男子の本懐」
㈱竹資源開発 会長
田中一男
定年退職後の人生を、どう生きるか!?
これは会社に勤めている以上、老若男女問わずいつかは直面するテーマだ。
「熟年起業こそ第2の人生に最適」と広言する竹資源開発の田中一男会長に、自らの起業体験を綴ってもらった。
定年後の人生は案外長い。隠居生活を何十年も続けて、果たして充実した人生といえるだろうか? 長かったサラリーマン生活で自分の才能は十分に発揮できただろうか? 自分自身でも気がつかない能力を秘めていないだろうか? 定年後だからこそ、誰からも指図をされないで、自由に自分の能力を試すことが可能ではないか? 趣味に生きるのも一つの生き方だが、これからの案外長い人生を「世のため、人のため」に生きるのも一つの生き方だろう−−。
などと漠然と考えている間に、私は定年を迎えてしまいました。60歳までのサラリーマン生活は、航空会社の管理職機長として経済的には恵まれた生活でした。しかし、老後の計画などは考える余裕もなく、準備不足のまま定年を迎えて途方にくれたのが実態です。
しかも、不動産バブルの時代に不動産投資に失敗し、多額のローンを借り入れ、返済ができないまま定年を迎えてしまったのです。

資産形成の不動産投資で失敗
サラリーマンが資産形成するには、毎月の給料からこつこつと貯金をするか、株式に投資してハイリスクハイリターンを狙うことが一般的でしょう。しかし、私は不動産投資での財産形成を勧められ、投資用の賃貸不動産を総額1億4千万円で購入したのです。
この資金は全額をメガバンク本店の融資で賄い、銀行利子やその他の経費を不動産事業の赤字として計上、所得税の還付金の受け取りを計画しました。その結果、毎年相当の還付金があったのです。住民税の節税効果を加味すると相当のメリットがあったことになります。
しかし、同時に銀行への元利返済が必要だったため、このメリットが手元に残ったわけではありません。かなりの持ち出しでしたが、資産形成の陰の力となったはずであり、その意味で不動産投資の効果は、あったといえるし、失敗だったともいえるのです。
不動産会社の勧めで購入した賃貸用マンションは5年後に売却する予定でした。バブルの絶頂期だったため、5年で30%程度の値上がりと予想されていました。売却を5年後とした理由は、5年以内では短期譲渡となり譲渡利益に52%もの譲渡所得税がかかるからです。しかし5年経過すれば長期譲渡となり、税率は22%。還付金と売却益の二重のメリットがあり「元手なしで利益を得られる」との説明でした。
この話にのった私は、多額の銀行ローンを家内に相談もなく実行。そのため夫婦仲は極度に悪化しました。借入金の総額を知った家内は絶句して家を出てしまいました。とうとう熟年離婚です。協議離婚の条件として要求された金額は、都内に所持していた賃貸マンションを売却して賄いました。「去る者は追わず」の心境でしばらく独身を経験しましたが、1年後、長男の仲介で元家内から戻りたいと連絡がありました。「くる者は拒まず」と元の生活に戻ったのです。
バブル崩壊で状況が一変
管理職機長当時はかなりの高給でしたので、銀行借り入れがあっても生活費に困ることはありませんでした。
しかし、その後バブルが弾けて状況は一気に悪化しました。不動産を売却することができず、金利は上昇して毎月ローンを払っても借入残高が減らない。初めの目論みは見事にはずれたのです。このときの負債が定年退職時にずっしりと肩にのしかかってきました。
定年退職時(1999年)のローン残高は1億2千万円であり、その返済額が月92万円でした。この時点でローン支払額と家賃収入は、まったく均衡していません。大幅赤字です。それまでは会社からの給与と還付金で、その差を埋めて運営できたのですが、定年退職すれば所得税を納税しませんから還付金もありません。今までのシステムは完全に破綻したのです。
老後の生活を維持するためにはローン返済額を、できるだけ小さくすることが必要です。そのためには借入残高を、大幅に減らさなければなりません。退職金全額を返済にあてる覚悟をしましたが、退職金だけではどうにもならない状況でした。生命保険を解約したり、わずかに持っていた航空会社の株式を換金して、ローン残高の圧縮を図り、ローンの借り換えで月々のローン返済の軽減に努めました。
幸い定期航空会社の機長が不足するだろうとの予測があり、運輸大臣(現国土交通大臣)の特例で、定年退職した60歳以上の操縦士も、加齢乗員の特別航空身体検査に合格すれば非常勤嘱託として乗務することが認められましたので、一定の定期収入が得られることになりました。当分の間は生活費の心配はないと思われたのです。
しかし4カ月後、休暇中に自動車事故に巻き込まれて3カ月の入院生活を余儀なくされました。退院しても航空身体検査に合格することができず、パイロットに復帰は不可能になりました。定期収入が途絶えたのです。銀行の預金残高はみるみる底をついていきました。
事 業計画書で活路を開く
程なくして銀行から呼び出しがありました。
「ローン返済 が滞る事態になっています。銀行としても債権を回収しなければなりませんので、1週間以内に返済計画を文書で提出してください。もしそれができないのな ら、損斬りは覚悟していますので不動産の権利書を全部お持ちください。毎月の支払いで苦労されないほうがよろしいのではありませんか?」
銀行の店長代理は親身になって心配してくれました。実態は最後通牒を突きつけられ、絶体絶命の事態に陥ったのです。定年後、収入の道が途絶えた熟年にとっ て、多額の返済計画など書けるはずはありません。実行不可能な返済計画では自己破産は必至です。
1週間後、私が銀行へ提出したのは返済計画書で はなく、熟年起業する事業計画書だったのです。もちろん単なる思い付きの事業計画では、メガバンク本店の担当者を納得させることが困難なことは、十分予想 できました。
銀行としては、定年後の熟年が多額の返済をすることは不可能を見ていたので、自己破産させて不良債権を解消することが目的 だったのでしょう。私は銀行の応接室で担当者を、こう説得しました。
「銀行の指導に従って担保物件をすべて引き渡せば、私の負担がなくなるのは わかります。しかし、それでは住む所もなくなり、私の後半の人生は闇となります。しかも、不動産の資産価値が低迷している現状では、銀行の損失が確定する ことになるでしょう。
私はこれからの残りの人生を謳歌したい。そのために全額を自力で返済しようとの覚悟で、熟年起業の事業計画書をま とめてきました。ご理解とご支援をお願いします。自己破産と全額返済と、どちらが銀行のためになるでしょうか?」
この説得で当面の自己 破産は回避でき、その後、銀行の協力で負債を少しずつ整理しました。事業計画を説明する際、最も説得力があったのは、地球環境に貢献するという事業理念 と、私を取り巻く人脈の広がりです。これを熱っぽくプレゼンしました。実は、私はパイロットの道を失った時点で、「多額の借入金を返済するためには起業す るしか道はない」と覚悟を決め、その準備にかかっていたのです。(続く)
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