2010.09.10 (シャニム32号掲載)
地方発!世界で活躍する会社Vol.2
世界が認めた“手作り”こんにゃく
伝統製法に活路見出す4代目社長
編集工房リテラ◎田中浩之
(有)石橋屋 【福岡県】

▲バタ練りの手作りこんにゃくと雑穀こんにゃく麺
(有)石橋屋
福岡県大牟田市上内529
代表取締役 石橋 渉
TEL.0944-58-6683
Web: http://www.konjac.jp/

▲最近は講演を依頼されることも多い石橋社長
「もしかしたら、つぶれるかもしれん。でも、一生懸命にやってつぶれるんやけんね。その時は許してくれ」
明治10年創業のこんにゃく製造業者「石橋屋」4代目社長、石橋渉は経理を担当する妻の百合子に訴えた。
1995年、業界に打ち寄せる機械化の波と、身を削るような価格競争に直面して、石橋屋は喘いでいた。生き残るには、起死回生の差別化を図るしかない。石橋は時代の流れに背を向けて、すこぶる効率の悪い手作りに特化し、「価格」ではなく「価値」を売ることに決めた。
「あれば使ってしまうかもしれんから」とほとんどの機械を売るか、思い切ってスクラップにした。手元に残したのは、必要最小限のシンプルな機械のみ。驚くほど静かになった作業場で、石橋は父から受け継いだ技法により、日々、昔ながらのこんにゃく作りに励んだ。
それから15年。今、石橋には「Mr.konjac」というユニークなニックネームがつけられている。konjacとは海外におけるこんにゃくの呼び名だ。東南アジアで、アメリカで、ヨーロッパ各国で、親しみと畏敬を持って、石橋はこう呼ばれる。あえて手作りに徹した石橋は、いつしか世界を股にかけるこんにゃくの伝道師になっていた。
薄利多売の商いで息も絶え絶え
石橋屋が工場を構えるのは、福岡県大牟田市の山あい。清らかな湧き水が出るこの地で、国内外のバイヤーを唸らせるこんにゃくが生み出される。こだわるのは「バタ練り」という伝統製法だ。バタバタと音を立てて回る金属の羽根が取り付けられた箱に原料を入れ、手で練り上げていく。
「丁寧にこねるうち、細かい気泡ができてきます。これがうまさの秘密。適度な食感があり、味の染み具合もまるで違います」と石橋は胸を張る。
石橋は高校卒業後の1976年、家業を手伝うようになった。両親、兄との家族経営の地道な商売は1989年の暮れ、悲しみの中に大きな転機を迎える。きつい肉体労働がたたったのか、母が突然倒れてそのまま逝った。心筋梗塞だった。父の落胆は大きく「もう引退する。兄弟2人でやれ」。
だが、兄は元々サラリーマン志向で、これが潮時と家業から手を引いた。残されたのは石橋と百合子のみ。夫婦は不眠不休で働いたが手が回らない。翌年、石橋は父に「機械を入れてやりたい」と申し入れた。借金して機械を購入し、社員やパートを雇ってスーパー向けの低価格商品をメインに製造するようになった。
しかし、石橋の心の中には次第にもやもやしたものが広がっていく。従来の取引先である地域の八百屋さんなどに「昔はあんなにおいしかったのに……」とこぼされるようになったからだ。忙しいにもかかわらず、薄利多売で儲からないのも大きな不満だった。
進むべき道が見えたのは、東京の大手メーカーを訪れた時のことだ。作業ロボットまで導入されたオートメーションの工場を見学して、石橋は言葉を失った。機械化のレベルがあまりにも違いすぎる。これでは到底太刀打ちできない。
この日、自らバタ練りで作ったこんにゃくも持参していた。まだ3割ほどの商品を手作業で作っていたのだ。これを食べたメーカーの社長は驚きの声をあげた。「昔ながらの手作りを受け継いでいるのは、もう全国で4、5軒しかないかもしれませんよ。こういうモノ作りは大切にしてくださいね」。
石橋は吹っ切れた。機械化はやめよう。価格競争もやめよう。大量生産品とは一線を画した、個性あるもの作りによって生き残ろう──。そして、機械を処分した。

▲バタ練りの技法はレシピ化することに成功した
世界のどこででも実演販売!
価格の高い手作りこんにゃくは、スーパー向きの商品ではない。これ一本で勝負するなら、ターゲットを百貨店に絞ってブランド化を図るべきだ。石橋はこう考えて飛び込み営業をかけた。3日間、実演販売させてください。売り上げの何%かはお返しします。売れ残ったら引き取ります。ただし、売れたら定番化を考えてください──。石橋の申し出はシンプルで、かつ相手には何のデメリットもない内容だった。
試食してくれれば必ず売れる。絶滅寸前になった手作りこんにゃくには、人の心を動かす個性があるはずだ。石橋は信じた。その自信が過信でなかったのは、取引先が順調に増えていくことで証明された。
海外に初進出したのは2002年。シンガポール大丸の日本フェアへの出店を求められたのだ。石橋は勇んで参加。手作りならではの独特の歯ごたえが現地の人々に好まれて、フェア終了後も販売してもらえることになった。
その3カ月後、海外から食品関係者が集う東京の商談会に足を運んで大きなチャンスをつかんだ。バイヤーと直談判し、ニューヨーク郊外にある日系スーパーで実演販売できることになったのだ。のちにファックスで送られてきた1枚の地図だけを頼りに、英語のできない石橋は四苦八苦しながらも現地に到着。「本当にくるとは……」とバイヤーは目を丸くした。商談をまとめたのち、改めて3000個のこんにゃくを持って出陣。見事に売り切って、定番化の約束を取り付けた。

▲ニューヨークで実演販売する石橋社長(2008年3月)
以降、香港やオーストラリア、韓国、ヨーロッパ各国などに取引先を次々開拓していく。だが順調な歩みのなかでも、石橋には不満があった。日系やアジア系には大好評なのだが、欧米人にはさっぱり受けないのだ。そこで「麺文化なら世界のどこにでもある」と、糸こんにゃくの技術を応用して麺を作ることを考えた。試行錯誤の末に完成したのが、色のよい野菜でカラフルに色付けし、スープが絡みやすいように溝の深い星型にした「雑穀こんにゃく麺」だ。
次いで、こんにゃくのパウダーも開発。これを使ったヘルシーなデザートができないかと今、研究の真っ最中だ。さらに、こんにゃくの新たな活用を目指して、大学との共同研究も進めている。食品分野だけではなく、バイオやエネルギー分野でも取り組んでいる。こんにゃくの可能性は無限大に広がっているようだ。
取材の最後に「究極の目標は?」と尋ねると、石橋は破顔一笑して「私には夢がある」と答えた。
「実はね、園遊会に呼ばれたいんです。地域と業界に貢献し、世界の人々の健康にも寄与する。そうすれば、叶わない夢ではないかもしれない。一生懸命やれば、ひょっとしてつかめるかもしれない夢を持ち、それを目標に頑張っていきたい」。
Mr.konjacの個性あふれる挑戦は続く。 (敬称略)
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