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2010.09.10 (シャニム32号掲載)

本田雅一の“先取り”家電インフォ!連載2

アップル自身が困惑する
「iPad=電子書籍端末」
という誤解
本田雅一の“先取り”家電インフォ!

フリージャーナリスト
本田雅一
http://blogs.itmedia.co.jp/honda

アップル広報部からのメール

 デジタル・ガジェットと呼ばれる電子文房具の類が好きな面々の間で、今年前半、一番の話題だったものといえば、それは間違いなくiPadだった。筆者も何度かこの新しいオモチャについてテレビ番組でコメントを求められたが、その際に驚いたのが、iPadを「電子書籍を楽しむための道具」ととらえている人が、あまりにも多いことだった。

 もちろん、今年は電子書籍もまた大きな注目を集めているテーマだ。

 しかし、実のところ「iPad=電子書籍端末」という図式は、一部のiPadファンやiPadを入手できていなかった人たちが作り上げた幻想である。このことはアップル自身が「困った」といっていることからも分かる。

 ある日、筆者のメールアドレスにアップル広報部から「ミーティングを持ちたい」と連絡があった。内容がどうも怪しかったので電話を入れてみると「昨今、iPadを電子書籍ととらえる人が多く、本来の使い方について注目してもらえない」という悩みを打ち明け、「なんとか正常化できないだろうか?」と相談したかったのだという。

 書籍の電子化が注目された背景には、ここ数年におけるアマゾンKindleの急成長や日本を含む世界中での発売、それにソニーが販売するSony Readerの好調などがある。

 折しも出版不況の時節柄だ。ある文脈では書籍流通のコストを削減し、書籍ビジネスで最も厄介な問題……在庫管理……のリスクを減らすという視点から語られ、別の文脈では出版社も取次も飛ばすことで、著者が7割もの粗利を稼げる新手のネットビジネスとして語られるなどしている。流通コストの安さを当て込んで、無料でダイジェスト版の書籍や雑誌を配るなど施策を考える者も、もちろんたくさんいる。

 私はこの話題をかなり以前から追いかけているが、1ついえるのは、前述のiPadに関するアップル広報部と同じメッセージだ。
 「もっと落ち着いて!」。

 そもそも、電子的な出版物に関しては、電子書籍、電子雑誌、電子新聞など、さまざまな領域がある。いずれも紙に印刷していたものを電子的に置き換えるのは同じだが、読者への訴えかけ方は大きく異なる。

 電子化の際には、それぞれのメディアに適した見せ方が必要になるので、これらはすべて別々に扱う必要がある。

 

国内書籍ビジネスの現状

 さて話題を電子書籍に絞ってみるが、電子書籍に関する議論で、もっとも間違っているのが「次の時代は電子化なのか、既得権益者による抵抗で電子化が阻まれるのか」という二元論だ。紙と電子端末には、それぞれ得手・不得手がある。

 一方、読者側も書籍を見る場所に応じて紙で見たい場合もあれば、電子端末の中に入れて持ち歩きたい場合もある。

 よくあるのが、出版社が「電子化に際して性急な動きをするつもりはない」ということを批判した意見だ。

 しかし、紙の書籍が主たる流通手段になっている現段階で、出版社が慎重になるのは当たり前だろう。流通革命の潮目を間違えれば、多くの雇用が失われることにもなる。慎重になるのは当然だ。

 とはいえ、実のところ出版社も電子化を急いでいないわけではない。“業界構造が確立していない段階での性急な電子化”に警戒感を示しているだけだ。

 というのも、今日明日、あるいは来年といった話ではないものの、書籍流通において肝要となる書店ビジネスの崩壊が始まっているからだ。

 日本の書籍市場はこのところ、年4.4%のペースで売り上げが落ちている。09年は8492億円という実績であるが、このペースが続くと5年後の14年までに1712億円、つまり20%もの売り上げが失われる計算だ。出版社としては、なんとしてでもこの売り上げを、電子化による流通の活性化で取り戻したい。

 ところが、日本よりも先行しているといわれる北米市場でさえ、3~5年後のデジタル版の売り上げは紙の書籍の10%程度と話している(バーンズ&ノーブルやハーパー・コリンズなど大手書店デジタル担当の弁)。

 一部には5年後なら30%との声もあるが、まだ有力な日本語対応端末さえ発売されていない日本の場合、5年後に10%が紙とは別に流通すると見積もるのが妥当なところだろう。とすれば14年の日本における電子書籍市場(すでに市場が存在するコミックスを除く)は680億円程度と考えられ、とても紙の市場縮小をカバーすることはできない。

 もちろん、電子化によって印刷コストを浮かすことも可能だろうが、それも焼け石に水だ。

 ただしアマゾンのKindleがそうであるように、いつでもどこでも、ネット接続を意識させずに携帯電話ネットワーク経由で書籍を買うことができれば、売り上げを伸ばすことも可能かもしれない。また、売り上げが伸びればネット配信などの設備費も希釈され、流通コスト削減効果を出すこともできるだろう。

 上手に電子化への移行を行なうことができれば、14年に10%という数字を30%にだってできるかもしれない。電子書籍市場が上向きの今、端末価格も安くなりつつある。最新版のKindleは、なんと139ドルにまで値下がりした。14年までには、ちょっとした高級ブックカバー並の価格になっているのは間違いないだろう。

 

電子書籍自主流通の仕組み

 出版社の経営陣も、こうした数字について真剣に検討しているのだから、旧態然として今の体制を維持するために電子書籍への移行を拒むという、どこか政治活動のようなメッセージに意味はない。

 むしろ危険なのは電子書籍市場を過剰に評価する声の方だ。危険な声の代表格は、著者が直接電子出版すれば、売り上げの7割は儲けになるという甘い誘いである。

 ここでよく考えてみよう。書籍の価格における流通の割合は2割だ。取次と書店利益を合わせて2割。残りは出版社の利益や編集・校正のコスト、印刷・製本・紙・製版・写植代などに加え、宣伝費用なども含まれている。出版社の実質的な取り分は3割といったところだろう。その中で在庫リスクも抱えなければならない。なお、著者印税は一般的に10%なので、1000円の本ならば100円が著者の手元に入る。

 電子版になっても編集や校正にかかる手間は変わらない。さらに宣伝は自分で行なわねばならず、多くのページビューを持つ人気ブログを持っている人でもなければ、自分の著作を知ってもらう手段は限られている。さらに価格はハードカバーの半値が通例だが、個人流通の電子書籍が、名の通った作家たちと同じ価格で売れるかというと、これは怪しい。

 電子書籍は再販制度による定価販売の束縛から解放されているので、自主流通の電子書籍は安くなるだろう。さらに取り分は減っていく。

 “多くの人たちに自分の著作を読んでもらいたい”と思うのであれば、自主流通はリスキーな上、手間もかかり、結局の所、多くの人には読んでもらえないものになってしまう可能性がある。

 もっと単純にいえば「所場代を3割払ったら、あとは勝手に商売してよし」というのが、電子書店への電子書籍自主流通の仕組みなのである。幻想を強く抱き過ぎるのは危険だ。

 さて、結局の所、日本での電子書籍端末発売は、いつになるのか? と業を煮やしながら本記事を読み進めた人もいるだろう。

 これは誰にもわからない。アマゾンの日本法人もソニーも、電子書籍端末を発売している企業の準備はできている。あとはビジネスの枠組みが決まるのを待つだけだ。明日かもしれないし、来年かもしれない。

 すでに技術の問題、製品開発の問題ではなく、どうビジネスモデルを組み立てるか、という段階に入っていることは間違いない。

写真はアップルの「iPhone」
▲大人気の「iPad」

 

 

 

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