2011.02.28 (シャニム34号掲載)
地方発!世界で活躍する会社Vol.4
紹興酒の国で本物の日本酒造り
人気No.1の清酒メーカーに!
編集工房リテラ◎田中浩之
中谷酒造 (株)【奈良県】

▲天津中谷酒造の工場外観
中谷酒造 (株)
奈良県大和郡山市番条町561
代表取締役 中谷正人
TEL.0743-56-2296
Web: http://www.sake-asaka.co.jp/

▲自慢の「朝香」を持つ中谷社長
「朝香」って知ってる? こう問われたら、ほとんどの人は首を傾げて「聞いたことがない」と答えるだろう。しかし、中国人に同じ質問をしたら、かなりの確率ですぐに答えが返ってくるはずだ。「あのうまい日本酒のことか」と。
日本ではまったくの無名。だが、中国では日本酒の代名詞のごとく、圧倒的なネームバリューを持つ。そんな不思議な日本酒が「朝香」だ。
中国で評判の純米吟醸酒「朝香」を醸造するのは天津中谷酒造有限公司。奈良県大和郡山市の中谷酒造が1995年、中国に設立した(出資は中谷家)。海外進出を成功させた中谷酒造6代目当主、中谷正人は中国では最上質の酒をスタンダードにしようと決心していた。「中国で造ったというだけで、たいした酒じゃないだろう…という先入観を持たれてしまうに違いない。最高レベルの酒でなければ、誰も手を出してくれないでしょう。だから、極めて優れた純米吟醸酒を造ろうと考えました」
今、中国で流通している日本酒の中で、「朝香」は1~2割のシェアを占めているのではないか、と中谷は見る。近年、急激に躍進する中国の中で、天津中谷も右肩上がりの成長を続けてきた。現在、日本の中谷酒造の生産量は500石(※1)で、従業員は5人。一方、天津中谷は4000石を生産し、約50人を雇用する。
創業160年に迫る本家の業績を、16年の歴史しかない分家がはるかにしのいでいるのだ。

▲酒蔵としては考えられないほどの機械化を実現
全工程をマニュアル化
中谷は元々、実家の酒蔵を継ぐ気はなかった。酒造りは斜陽産業と考えていたからだ。
大学卒業後、自動車メーカーや総合商社に勤務。ビジネスの最前線で働いたのち、実家に戻って渉外弁護士を目指すようになった。司法試験の勉強に没頭する毎日をすごしつつ、横目で酒蔵の様子も見る。業績が上向く様子はなく、「ああ、これは何とかしてやらなあかんのかな…」と次第に思うようになった。
1994年秋、中谷は杜氏と食事中、思いもよらない話を聞く。「日本の酒蔵が中国に進出しとるらしいですよ」。中国で酒造り? 中国との縁が深かった中谷は強く心をひかれた。学生時代に中国法を履修しており、専門書を翻訳できるほど読み書きができる。北京に語学留学したこともあり、会話もぺらぺらだ。
商社マン時代には海外審査の部署にいて、中国の状況にも明るかった。海外での会社設立に関するノウハウも持っている。自分なら中国で酒造りを成功できる。自らのキャリアを振り返り、中谷は確信した。
米の価格や人件費の安い中国で上質な酒を造る。そして、それを日本や海外で売る。40歳代半ばになって、ようやく家業の酒蔵を継ぐことを決心し、頭の中で新しいビジネスモデルを構築した。
「中国で会社を立ち上げてみたい。大きなビジネスチャンスだ」と中谷は当時の社長である父を説得し、中国に飛んだ。「もし日本の中谷酒造がだめになっても、中国で中谷という名の酒蔵が残ればいい、という思いでした」と当時を振り返る。
現地で詳しく調査すると、米の質はいい。水田に川ガニを放して除草剤代わりにするなど、ほとんど農薬を使わない安心できる方法で栽培していた。水は硬水で酒造りに向かなかったが、蒸留水を使うといった試行錯誤の末、精密ろ過がベストの方法と分かった。
実際の酒造りについては、中谷酒造とは異なる方法を取るざるを得ない。日本人の杜氏を連れて行き、通訳付きであれこれ指示させるのは現実的ではないからだ。中谷自身が杜氏役を務めれば問題はないかもしれないが…。「私は酒造りの素人。良い酒を造るには、経験やカンではなく、徹底的な数値管理によって、工程をマニュアル化するしかない。当初から、こう考えていました」
例えば米を蒸す際。米の水分含有率や気温、水温によって、米が水を吸う速度は異なる。そこで、その日の数値をデータと照らし合わせ、吸水時間を設定し、目標の吸水比率まで吸水。蒸気圧と蒸す時間を決め、常に均一の蒸しあがりを得られるようにした。1996年の冬には、名杜氏といわれる高橋清氏の指導を仰ぎ、酒造りの精度を一層高めることができた。

▲天津にはまるで日本のような田園風景が広がる
毎年25%売り上げアップ!
最新式の工場で生まれる純米吟醸酒「朝香」の味は? 「切れがよくて、飲み飽きしない味。吟醸香は追及していません。香りが強いとたくさん飲めないし、中国人の好む熱燗に合わないので」。
創業当時、中国に日本企業が相次いで進出。各地に日本料理店が多数オープンしたため、これに乗らない手はないと方向転換し、中国国内での販売に力を入れるようになった。
販売は問屋を通さない直販方式を採用した。中国では計画経済の名残りからか、信用できる問屋がなかったからだ。「やむなく自分たちで販売拠点を作ることにしました。大変手間のかかる仕事ですが、メリットも多い。1つには、瓶詰めしてすぐの酒をお届けできるでしょう。中谷の酒は新鮮だ、劣化していないと、信用を得ることができました」
販売拠点の作り方はダイナミックだ。日本料理店の立ち並ぶ街ができつつあるという情報をいち早くキャッチし、他社に先駆けて中谷自ら商談に出かける。そして、得意の中国語でオーナーと交渉。「エリアに店が10軒あるとしたら、1日で一気にすべて回って、その場で2〜3軒は契約をまとめます。その後、改めて営業部隊がじゅうたん爆撃。この方式で、エリアを丸ごと取るんです。これが一番効率がいい」
業務を進める中、大量の原酒在庫を抱えて資金繰りが悪化するなど、大きなピンチもあった。それらを乗り越えて、天津中谷はここ5年間、出荷量を25%ずつアップさせている。販売拠点は10都市以上。今年は第2工場の建設も予定している。
今、中谷の胸中には中国進出当初にはなかった思いがある。「中国の市場は急激に伸びている。我々がその伸びに追いつけなくなれば、日本酒の定義が変わってしまうのです」。
実は、中国では品質の悪い合成清酒が大量に出回っている。本来の日本酒である純米酒を造っている唯一のメーカーが天津中谷なのだ。
「我われは日本酒を正確に伝えるという、大きな使命を担っているんです」。
中谷酒造の社長を務めながら、今も1年の内3分の1は中国に滞在し、天津中谷の陣頭指揮を取る。中谷の日中を毎月行き来する忙しい日々はこれからも続く。 (敬称略)
※1)1石=100升=180リットル
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