福島敦子のアントレプレナー対談目指す経営のキーワードは
「リアル」と「ネット」の融合

株式会社ヤマダ電機 山田 昇社長

株式会社ヤマダ電機(群馬県高崎市)

株式会社ヤマダ電機 (群馬県高崎市)
■本社:〒370-0841 群馬県高崎市栄町1番1号
■設立:1983年9月
●URL http://www.yamada-denki.jp/

社員には希望を持ってほしい

福島創業40周年、おめでとうございます。個人商店からスタートし、世界でも有数の家電量販店チェーンに成長させた山田社長の経営手腕には、改めて多くの注目が集まっていますね。

山田ありがとうございます。これもひとえに、ご支持くださったお客様、そしてご支援くださったお取引先様のおかげだと感謝しております。

福島40周年の記念対談ということで、まずは経営理念「創造と挑戦」についておうかがいします。山田社長がこの理念を掲げたのは創業から、わずか2年目とうかがいました。当時はまだパパママショップだったと思うのですが、その規模で経営理念を掲げるケースは珍しいのではないでしょうか。

山田従業員を雇用するようになったからです。従業員にはやはり希望を持ってほしい。そのための心構えや指針などを表す経営理念が必要だと考えました。

経営理念は企業の成長と共に変わっていくものだと思います。今の当社の規模からしますと、当初の経営理念だけでは通用しません。「感謝と信頼」を加え、さらに「社会貢献」を加えるなど進化させてきました。この間、一貫していることはCSR(企業の社会的責任)経営をまっとうすることです。

私は「強い企業を目指す」ことを目標にしていますが、これをひと言でいえば「利益を出す」ことに尽きます。CSR経営とは、まさにコストがかかりますから、利益が出ないと実現できません。経営理念の実現には強い企業になることが不可欠だと考えています。

福島「創造と挑戦」という言葉は、すぐに浮かんだのですか?

山田そもそも私はサラリーマンでした。当時、自分でいうのもおかしいですけれど、一生懸命にがんばっていました。ただし、要領があまり良くはなかった(笑)。周囲では要領の良い人間が出世するという、そういう時代でした。

その時に悟ったことは、一生懸命に挑戦する気持ちだけでは駄目だということです。猪突猛進だけでは通用しない。考えながら行動し、常にイノベーションを発揮することが大切です。この考え方を表した言葉が「創造と挑戦」です。

やるべきことをやれば売れる

福島ビジネスにおいて、創造と挑戦はクルマの両輪のようなものですね。

山田そうです。特に経営では、場当たり的な猪突猛進型では駄目です。私の独立は、お客様があっての暖簾(のれん)分けではありませんでしたから、まずは「どうやってお客様を作るか」が大命題でした。その際に用いたのが統計的な数字です。

例えば当時の年間家電消費額は一所帯当たり14万円ぐらいでした。そこから計算し、300所帯のお客様を見つければ、軌道に乗せられるな、という具合でした。そこで見込み客を探すことから始めました。それがローラー作戦です。

福島具体的には何をされたのですか。

山田まずは、とにかく歩いてみることです。ところが仲間からは「これだけ家電店があって、今さら遅い。やっていけるわけがない」といわれました。

しかし私は「本当にそうかな?」と思い、実際に町中を歩いたのです。実際にやってみると、そうでもない。市場調査の段階にもかかわらず売れたのです。別に売るつもりで歩いたわけではなかったのですけれど、お客様から注文いただけました。

しかも、町を歩くだけで、家の中の様子がよく分かったのです。当時は平和な時代でしたし、ご近所づきあいも盛んでしたから、窓もドアも開けっ放しという家が多かったのです。使っている家電製品が、どこのメーカーのものかがだいたい分かりました。

そして、例えばナショナル(現パナソニック)製品ばかりの家だと「もう家電店が決まっているな」とか、逆にいろいろなメーカーの製品が混在している家は「まだ、固定化されていないから可能性があるな」とか。そうやって、新たな顧客になりそうな世帯をマークしていき、実際のオープンまでに300件ほどの見込み客を見つけました。

これはまだ買ってくれていないお客様ですが、3カ月に1回は訪問しました。いつかは分かってくれるだろうと思ったからです。そうしたら、やっぱり買ってくれたのです。結局、創業初年度の年商は3000万円ぐらいだったと記憶しています。その時に「やるべきことをやれば売れる」ということを実感しました。

家電業界で私のような独立をした人は、私の知る限り誰もいないと思います。今でもその当時のお客様は私のことを知っておられます。当社の経営理念の原点は、まさしくここなのです。

福島なるほど。創造と挑戦を自ら体現されたわけですね。

山田そうです。企業は人だとよくいわれます。社員というのはやる気のある人ほど「この会社は自分が勤め続けて本当にいいのだろうか」とか「信頼がおけるのだろうか」ということを気にするものです。その思いに応えるものが、企業理念だと私は思います。

大店法廃止が追い風

福島系列店から混売店、地域量販店、さらにナショナルチェーンへと飛躍されましたが、今振り返ってどの時期が一番苦労されましたか?

山田(複数のメーカー品を扱う)混売店の時代です。この当時はもう、ほとんどのメーカーさんが協力してくれませんでしたから。

福島当時、混売店という業態は、表向きは認められなかった時代だったのですね。

山田メーカー系列店が主体の時代でしたからね。

福島それをお分かりになりながら、なぜ系列店から混売店に移ろうと決断されたのですか。

山田人の問題です。系列店とは結局、訪問販売なのです。社長の私が自らプレイングマネージャーとして売っていかなければ経営が成り立ちません。そうなると、人を雇っても教育をする時間がない。そんな状況では、せいぜい4〜5店が限界で、それ以上の拡大は無理でした。

そこでメーカーさんに教育支援を要請したのですが、支援は一切得られませんでした。それで系列店の限界を悟ったのです。

福島成長するには混売店に転換せざるを得なかったのですね。

山田そうです。支店をすべて閉め、在庫を本店に集めて、チラシをまいて一気に売りさばきました。そうしたら本当に売れたんです。チラシといっても、せいぜい2割引き程度。しかも手書きのガリ版印刷です。これをやり続けました。

今度はお客様が店に来てくれるのですから、その分、人を採用し教育する時間を作ることができました。売りに出歩く必要がなくりましたから、その時間をシステムとして人事教育にあてたのです。そして法人化に向かっていきました。

福島時代の移り変わりのタイミングが追い風になった時期もあったと思います。

山田そうですね。例えば2000年の大店法廃止です。これで1000坪の大型出店が難しくなくなり、さっそく1000坪店を出店しました。その時に売り場の半分をパソコンなどの情報家電で埋めたのです。郊外型店でこの発想は、それまでのこの業界にはありませんでしたが、見事に当たりました。そこで1000坪店を商圏人口30万人のエリアに次々と出店し、突っ走ることができたのです。

しかも、パソコンや携帯電話などの情報機器が急速に普及し、家電店の扱い領域が急拡大したことも追い風でした。

福島パソコンやスマートフォンは今や家電店で買うのが当たり前ですけれど、そうしたトレンドをいち早くビジネス化したわけですね。

山田そうです。戦後、この業界が生まれてから総需要のシュリンクという現象は、この2年が初めてなのです。家電業界は白モノ(冷蔵庫や洗濯機など)と呼ばれる安定した耐久消費財と、情報や映像、デジタルなどの新しい分野の機器とが常にミックスされて、新たな需要を創出してきました。

好景気、不景気はありましたけれど、前年を割ったことは1度もありませんでした。それが初めて2年続けてのダウンですから大変です。今が本当の経営を問われているのです。

POSと自社物流

福島これまでのヤマダ電機で、家電業界に最もインパクトを与えた施策は、90年代半ばの自社物流システム導入ではないでしょうか。それまでの、メーカー物流主体の市場構造を、一変させてしまいました。

山田そうですね。自社物流の導入は、ヤマダ電機がいろいろと反対されながら孤軍奮闘してきた中で、最大の改革の一つです。あれがあったから、チェーン展開が一気に加速できました。

福島西日本への進出に際し、地元のメーカー販社はヤマダとの取引に消極的になるから、関東から商品を送るしかない、ということが始まりだとうかがいました。

山田そうです。あれがあったから、今のロジスティクス基盤が整ったのです。そしてローコスト・オペレーションも本格化することができました。当時、当社の仕入れレートは、大手家電量販店より10ポイント以上は高かったはずです。それを前提として大手に価格競争力で勝つためには、交差比率を管理し、在庫回転率を徹底的に早めるしかありませんでした。

福島そうした管理の徹底には、POSレジのいち早い導入(1986年)も功を奏したのでしょうね。

山田はい。それまでの発注作業は毎日仕事が終わってからの手作業でした。閉店してから在庫を調べて発注するという、ものすごく非効率な作業でした。当時、POSはどこも導入していませんでした。

しかし、当社はその効率性に着目し、いち早く導入したことで、ローコスト・オペレーションの土台を構築することができました。

福島自社物流もPOSも、業界に先駆けてリスクを覚悟して導入したわけですね。そうした発想や決断は、どこから生まれてきたのですか。

山田どうでしょうか。やはり人間は、使命感があれば発想するものなのではないかと思います。

福島会社のシステム改革について、常にアンテナをはり巡らされているのでしょうけれど、その発想の源が興味深いですね。

山田人間、その立場になれば、考えるものですよ。私は社内で経営の5条件を常に口にしています。「企画力」「行動力」「貢献」「スピード」、そして「使命感」です。その中でも「使命感」が人を動かし、考えさせる原動力だと思います。

福島事を成すにあたって「使命感」の有無は重要ですね。

山田自分に能力があっても、それを生かす・生かさないは、結局は使命感の有無だと思います。ですから私は「頭がいい」とか「学歴が高い」ということを、あまり重視しません。学業ができることと、経営で求める企画力とは本質的に違います。結局はセンスや問題意識の違いなのだと思います。

福島山田社長はメーカーに勤務されていた時代に、品質管理のお仕事をずっとされていました。ヤマダ電機を経営するようになってからも、品質管理の思想が常に基盤にあり、それがすごくプラスだったというお話をされていましたね。

山田要は考え方でしょう。ひと言でいえば、問題意識があるか、ないかだと思います。そして、その解決方法を知っているかどうかです。それだけだと思います。問題意識のない人に経営をやれといっても、それは難しいでしょうね。経営だけでなく、何事も同じだと思います。

バーチャルとリアルの融合

福島今の家電業界は大きな変革期にあります。今後、一層の飛躍のために何が重要だとお考えですか。

山田これからはグローバル的な視点で考えなければいけないですね。そしてバーチャルとリアルの事業をどう構築し、どう融合するかという、この経営ですね。これを目指さないといけないと思っています。

ここ数年はソーシャルネットワーク(SNS)の台頭が著しい。特にフェイスブックですね。これを見た時に私は「これだ」と思いました。

福島社長もフェイスブックをやっておられるのですか。

山田私はやりませんが、ビジネスモデルとして、どういうコンセプトであるとか、どういう運営であるとか、どういう効果があるのかということは検証しています。そして、彼らの手法を進化させ、当社のプラットホーム上で展開すれば、バーチャルとリアルが融合したまったく新しいビジネスモデルが生まれると確信しています。

過去のバーチャルのビジネスで成否を分けたのは集客力です。その点、当社にはすでに2500万人以上の各種会員様がおられます。これをSNSのプラットホームとして活用できます。そして利便性を高めてコンテンツを拡充すれば、会員数をもっと増やすことができます。

会員様にはネット・コンテンツでもリアル店舗でも自由に行き来していただく。ポイントも自由にお使いいただく。しかも、会員様同士でコミュニティを形成していただくこともできます。これが当社ならではのSNSビジネスだと考えています。

福島自分の都合で店舗でもネットでも自由に利用できる。

山田当社の強みが何かといえばポイントです。他社と異なり、うちの会員はポイントをいろいろなところでお使いいただけます。買い物でもゲームでもいいですし、趣味の写真の世界でお使いいただくことも可能です。今後、各種のコンテンツをさらに拡充し、会員数をもっと増やす計画です。ぜひ、ご期待ください。

福島今春発表した「社員即日お届けサービス」も、バーチャルとリアルの融合ですね。そして、全国に店舗ネットワークを持つヤマダ電機ならではのサービスだと思います。

山田そうです。特に家電品は届けるだけでは済まない商品がたくさんあります。設置や取り扱い説明、ちょっとしたアドバイスなどです。こうした対応は、配送業者さんにはできません。全国の店舗ネットワークをバーチャルと融合できないだろうか、という問題意識からこのサービスを1つの可能性として発想し、具現化しました。

当社は今、人口3万人の商圏にまで出店し、地域密着型のネットワークを構築済みです。この強みをネットとの融合に生かさない手はない。ですから、うちのネット通販は社員が届ける。在庫もそのエリア内の店舗に確保しますし、究極の通販サービスが可能だと考えています。

“創業者的な経営者”とは

福島新たな「創造と挑戦」ですね。山田社長はこの40年間ずっと、時代の変化に即応した新たな価値作りに邁進してこられました。そういう経営者は、日本にはそう多くないと思います。なぜ、山田社長にはそれができるのでしょう。

山田どうでしょうかね。ひと言でいえば、創業者的な経営者が少ないということかもしれません。サラリーマン経営者が多いのでしょう。そうなると、目先のことばかり考えてしまう。

福島もっと長いスパンで見ないと、そういう発想も生まれてこないということですか。

山田そうです。例えば「この施策がうまくいかなければ首を切られる」という状況だったとしたら、先のことをじっくりと見通すのは簡単ではないでしょうね。

福島やってはいるのでしょうけれど、なかなか成果が出ないという感じですね。

山田どこまでの成果を求めるか、じゃないですか。成果をどこまで求めるかによって、それに応じた発想をするしかないと思います。

福島山田社長はどこまで求めているのですか?

山田私なりに持っていますよ。例えば、流通業界というのは、どこかの企業が1位になっても、すぐに別の企業に取って代わられるということを、よくいわれます。それが半ば通説になっています。

しかし「それはなぜなのか」と思いませんか。なぜ、それが通説なのだろうかと。だとしたら日頃から、そうならない経営を目指せばいいと私は思います。私が引退しても、この会社が成長し、発展し続けなければいけない。そのためには、私が元気なうちにその方向づけと基盤をしっかりと作ってあげる。そういう気持ちでやっています。

私は今70歳です。いつまでも現役でいるというわけにはいかないでしょう。そうすると、やり残したビジネスは、これとこれ。それにはまだ、これだけの課題がある。では、それを解決しようと、こういう感じでやっています。

それなりの方向性と基盤はできあがってきていますが、課題としては、まだこういうことがあるよねと。それを一つずつ探しながら生あるうちに頑張って経営しています。 (敬称略)

山田 昇(やまだ・のぼる)氏
代表取締役会長 兼 取締役会議長
福島敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト / 津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに600人を超える経営者を取材。現在、BSジャパンの経済番組「マゼランの遺伝子」のキャスターを担当。経済・経営の他、環境、コミュニケーション、地域再生、農業・食などをテーマにした講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。1997年にはワインアドバイザーの資格を取得。主な著書に「愛が企業を繁栄させる」(リックテレコム)をはじめ、「それでもあきらめない経営」「ききわけの悪い経営者が成功する」「就職・無職・転職」「これが美味しい世界のワイン」などがある。
URL: http://www.atsuko-fukushima.com/