福島敦子のアントレプレナー対談「パッション」と「ミッション」が原動力
へそくり7万円起業から5億円企業へ

株式会社エムズファクトリー 松田 裕美社長

株式会社エムズファクトリー(千葉県茂原市)

株式会社エムズファクトリー(千葉県茂原市)
●本社:千葉県茂原市八千代3-11-16 M’sビル
●電話:0475-26-3315
●事業内容:クラフトバンド手芸専門ショップ
(WEB&リアル)の運営
●設立:2006年4月(2003年創業)
●URL http://www.shop-msfactory.com
●業界No.1、30万件の出荷実績と商品数の豊富さを最大の特徴としており、在庫するクラフトバンドのカラーは250色以上。その半数以上 がエムズファクトリーのオリジナルカラーとなっている。またオリジナルレシピや作品集も16冊出版されている。「はじめてのかごとバッグ」(牧野出版)、「四つだたみ編みのカゴとバッグ」(同)、「すぐ覚えたいあじろ編み」(同)、「はじめてのクラフトバンド手芸 おしゃれで楽しいかごとバッグ」(朝日新聞出版)、「簡単!かわいい!クラフトバンドですぐできる!」(学研)。

福島まずはクラフトバンド手芸との出合いから教えてください。

松田12〜13年前ですね。長男が6年生だった時に神奈川県の茅ヶ崎へ引っ越したんです。ある日、長男の同級生のお母さんに、手芸教室へ誘われました。でも私、手芸は大嫌いなので、お断りしました。ところが「参加しないとお子さんの様子も分からなければ、学校の様子も分からないでしょう? 参加したら楽しいわよ」といわれ、渋々参加したんです、子どものためにと思って。

そうしたら「クラフトバンドでバッグを編もう」だったんです。教えてくださる同級生のお母さんが材料も切ってくださって、「こうやって」と教えてくれました。道具はハサミと木工用ボンドと洗濯バサミだけ。切ったり、貼ったりだったので「これは工作だ」と思って。私、手芸は苦手なんですけど、工作は大好きだったんです。2時間ぐらいでバッグができた時に、ものすごく感動しました。材料費500円で今流行りの籠バックが作れるんだって。

福島とても手頃な価格なんですね。

松田そうなんです。当時は、お金がなかったわけです。30代前半の専業主婦でサラリーマンの奥さんで、子どもが3人でしたから、お小遣いがなかなか捻出できない。

でも、子どもがそれだけいたら、年中いろんなものをプレゼントしなきゃいけないんです。近所のお子さんの誕生日とか、お姑さんの誕生日とか、父の日や母の日。その都度、今度は何を買って差し上げようかと悩んでいたんですが、「そうだ。籠を編んで、そこに季節のフルーツを詰めてプレゼントしよう」と思ったんです。材料代は500円ぐらいですしね。

姑はブルー系が好きだったので青い籠を編んで、そこに好きそうな果物を入れたんです。そうしたら、ものすごく喜んでくれて。「嫁が私の好きな色で、こんな素敵な籠を編んでくれた。しかも好きな果物が入っていた」といって、お客さんがくる度に自慢するんですよ。それを聞いた時に、「お嫁さんポイントアップ作戦」と思って、近所の主婦にも教えてあげることにしたんです。

福島手作りの温かさでしょうね。オリジナリティもありますし。

松田そうなんです。大変だったでしょうってみんな思うじゃないですか。その人のために時間を割いて作ってくれている、というので感動を呼ぶんですね。これは絶対にいいと思って籠を習い始めたんです。

ところが1年もしないうちに主人が「一宮(千葉県一宮町)に引っ越したい」といい出しましてね。サーファーだったんです。湘南の海は小波だから嫌だと。また、誰も知り合いがいない土地に引っ越したんです。それで、籠を編むのも中止。材料を売っていませんでしたから。

ある日、保育園に入った2番目の娘が、初めてお友だちを連れてきたんです。夕方お母さんが迎えにきたのですけれど、その時に「その籠、なに?」って聞かれて。「これは自分で編んだんですよ」と答えたら、「私もやりたい」と。

残っていた材料で小さな籠の編み方を教えたところ、すごく喜んで「もっとやりたい」といってくれたんです。私にとっても娘にとっても、一宮で初めてのお友だち。喜んでほしくて、何とかして材料を手に入れようと思い、茅ヶ崎の資材屋さんに電話して送ってもらいました。パソコンを触ったことがなかったから、ネット通販も分からなかったんです。

その彼女はものすごく友だちが多くて、すごい早さで町に広まりました。数カ月後には同じ保育園のクラスのお母さんたちが朝子どもを預けたら、全員うちに集まるようになって。こんなに短期間でこんなにお友だちがいっぱいできてって。でも材料が追い付かない。

そのうち、かなりの問い合わせがくるようになり、知らない人まで尋ねてきました。「何だろう、これは。こんなの、米袋を梱包するただの紙紐だよ」と思ったんですけどね。

日本中の製紙会社に電話攻勢

福島クラフトバンド手芸には、やり出すと夢中になるような魅力があるんでしょうね。

松田そうなんです。他にもいろいろな手芸がある中で、これほど道具の要らないものはないと思います。ハサミとボンドと洗濯バサミですよ。早ければ30分でできる籠もありますし、普通のバッグでも2時間ぐらい。その日のうちに完成品が見られるんです。

それに紐自体が太いから、老眼の人でも大丈夫。年配の方たちも習いにくるようになって、いつの間にか、町で私は有名になってしまいました。籠の編み方を教えてくれる人だよねっていうことで。

でも、本当はすごく不安だったんです。2〜3種類しか編み方を知らないのに、偉そうに教えていて。お金なんかもらう勇気もないし、タダだから皆さんがきたのかもしれないですけど。

でも、教えるためには、ものすごく時間を割くわけです。明日教えるためにこの材料をカットしておかないと間に合わないとか。人のためにしてあげているのは、すごくうれしかったんですけれど、だんだんと友だちじゃない人たちまできて。

福島友だちの友だちみたいな人たちがどんどん?

松田そう。それで手に負えなくなってきて「これはちゃんとビジネスにしよう」と思いました。法人化までは考えませんでしたけど、スムーズにお教室を運営するためには、今のままではダメだと思いました。

当時、産婦人科などからの注文の話が増えてきていましたし、仕事につながりそうな話がたくさんきているのに、私は専業主婦。看板もなければ、名刺もないので材料の仕入れもままなりませんでした。

取りあえずは材料の仕入れ先の確保だと思い、NTTに全国のタウンページを送ってもらいました。そしたら、6畳一間が埋まるほどのタウンページが届きました(笑)。どこでクラフトバンドが作られているのか分からなかったので、日本中の製紙会社に片っ端から電話しようと思ったんです。

そうしたらある業者さんが「この紙の紐は米帯という名前で、静岡で作っている」と教えてくれたんです。それで私も世間知らずなもので、アポなしで、子どもをおぶって、夫に内緒で早朝の新幹線に乗り、静岡の製紙会社を一軒一軒訪ねました。後払いなんか利かないので持っていた3万円で「買えるだけください」とお願いしました。

今ではその工場と、億単位のお取引をさせてもらっていますが、最初は「なんだ、この姉ちゃん?」と。子どもをおぶって、名刺もなく、いきなり「取引したい」といってきて「非常識過ぎる」と思ったそうです。今は私もそう思います(笑)。

へそくり7万円で起業

福島すごい行動力ですね。タウンページを取り寄せて、調べて、直談判して。

松田大変でした。それでも少しずつ取引をさせてもらうようになってきて、ふと「ネットショップだ」と思ったんです。一宮のような田舎町だけで毎月何万円も売れる。それなら、他の町でも売れるだろうと。

でもパソコンを触ったことがなかったから、最初は近所でパソコンを教えていたおじさんにお願いしました。7万円持っていって「4万円は仕入れに使うから、残りの3万円でホームページを立ち上げてほしい」って。で、ホームページを作ってくれたんですけど、今度は「パソコンもなしに、どうやって受注するの?」と聞かれて「とりあえずおじさんが受注して、注文が入ったら私のケータイに送ってください」とお願いしました。

本当に7万円でのスタートだったんですけれど、ネットショップをオープンしたその日に7万円売れたんです。もうチャラじゃないですか、1日で。「やった」って思って、2週間後に初めてノートパソコンというヤツを買いました。

福島当初はすべてが手探り状態だったんですね。

松田そうです。エクセルとワードだけは絶対できるようにならなきゃいけないと聞いて、もう寝ないで覚えました。あとはもう毎日、400mとか600mで送られてくる材料を、手でぐるぐる、ぐるぐる巻いていました。

キッチン計を使って500gずつに小分けするんですけど、1日中巻かなきゃいけないぐらい注文がくるようになりました。それこそ寝る暇もないし、家事も育児もできない。でもね、楽しくて、本当に。

福島その頃には会社としてやろうという思いがあったのですか?

松田いや、全然ないんです。まだ個人事業主でいけると思っていました。ただ、さすがに茶碗を洗う暇もなくなってきて「これじゃあ、大変なことになる」と思い、保育園のお母さんたちにパートの応援をお願いしました。本当に主婦の片手間で始めちゃったんです。そして法人化しようと思ったきっかけは、主婦の友だちの後押しというか、いじめに遭ったからなんです。

打たれない“杭”になる!

福島えっ、どういうことですか。

松田新興住宅地だったから、子どもたちも同級生で、同じような専業主婦がいっぱいいたんです。そんな環境で「松田さん、商売始めたらしいよ」「忙しいらしいよ」「儲かっているらしいよ」となって、すごいいじめに遭ったわけです。

お仕事をしてもらっていた仲良しのお母さんも、裏で悪口をいい始めたんです。「何を偉そうに」みたいな。やっかみだとは思うんですけど、面白くないと。お給料を払う側ともらう側ってなったら、お友だちじゃいられなくなるんですね。

子どもたちも、いじめられて帰ってくるようになりました。叩かれたり、蹴られたりして、「お前のお母さん、最悪なんだってな」みたいな。泣きながら帰ってくるのね。「ママが仕事をするから、私がいじめられる」って。

子どもがあまりにも毎日泣いて帰ってくるので、「ああ、もう辞めよう」と思い、半年ぐらい家に引きこもりました。もう教室もやらない、材料も売らない。カーテンも開けないという状態でした。

もう、このまま一生終わろうと思っていたんですけれど、前に教えていたお婆さんたちが、「どうしても教えてほしい」といってくれたんです。「今までいろんな手芸をしてきたけれど、こんなに楽しいのは生まれて初めて。もっと早くあなたに出会いたかった」って。

そんなこと、いわれたことがないでしょう。そんなに感動してくれる人がいるんだと思って、やっぱりちゃんとやろうと思い直したんです。

ただし、今までは中途半端だったからいじめられたんだとも思いました。それで「ちゃんと会社にしよう」と決めたんです、悔しさのあまり。ちょっと出るから、杭は打たれちゃうわけじゃないですか。

福島もっとぐっと出れば。

松田そう。打たれないぐらい出ればいいんだと思いました。それでスイッチが入って、「よし、もう会社にしてやる」と。手続きをして、株式会社にして。

ところが、残念なことに私、ここまでの経緯はすべて夫には内緒だったんです。

福島なぜですか?

松田怒られるからです。法人化も内緒だったし、静岡にちょこちょこ通っていたことも内緒。近所にアパート借りて、会社を始めたことを話したのは半年後です。

福島その間、資金や準備は松田さんだけで?

松田そうです。本当にへそくり7万円での起業なんです。静岡に通っていた時も、「1日中家にいました」という顔をしながら、早朝に出て夕方夫が帰って来る前に戻ってというのを繰り返していました。話すと怒るからです。「主婦のくせに」って。

福島起業の一番のネックは、実はご主人だった。

松田そう。ご主人なんです。だから、3年前に断捨離しました。

福島(笑)ご主人を、ですか?

松田夫を断捨離しました。だって、一番要らないものだったんだもん(笑)。離婚後の今はとてもいい関係になり、応援してくれていますが、当時は家事も育児も手伝わないくせに文句ばっかり。

「お前が一番要らない」と思って。子どもは捨てられないけれど、夫は捨てられると思いました。すごい足枷がパーンと外れる音がしました。

100通りの編み方を開発

福島エムズファクトリーの設立と同時に「クラフトバンドエコロジー協会」を設立されましたね。通信教育で編み方を教えたり、講師を養成しています。この仕組みを会社設立と同時に考えたことが、松田さんの素晴らしいところだと思います。

松田悔しかったんです。設立当初、いろいろなところに教えにいったのですが、皆さん、私と同じレベルぐらいにはすぐ編めるようになるんです。当時、私もたいした編み方の数を知らなかったから、私と同じ物を編めるというだけで、勝手にあちこちで開校し始めたんです。しかも私は無償だったのに「なぜ、あなたたちは講師ですといってお金をもらっているんだ」と。

納得いかないというか、「その程度の技術でお金をもらえるの?」とも思いましたね。

それで先生になるためにはもっと編めなきゃいけないと思って、世界中の籠の本を集めたんです。虫眼鏡で拡大して見ながら、どうやって編んであるのかを解読しました。洋服屋さんやバッグ屋さんにもいって片っ端から籠を買って、全部ハサミで切ってほどいて編み方を再現したんです。この素材で編めるのかを半年かけて研究し、100通りを目標に編み方を開発しました。素材は違うけど、クラフトバンドでも絶対に編めるはずだと思って。

100通りになったところで、協会を設立しました。「100通りの編み方を教える協会です。入会して100通り編めるようになったら、私がお免状をあげます」という告知をホームページに掲載して会員を募ったのですが、入会者は先月で1000人を超えたんですよ。

福島まさしくクラフトバンドのフロントランナーですね。編み方を開発し、協会を組織して資格を提供してと。これらのすべてを最初にやってこられた方なんですね。

松田ちゃんとしたかったのです。100通り編むのは、ものすごく大変です。何年もかかって資格を取られる方もいっぱいます。

でも、世の中に出回っている資格の中には、1泊2日で取れたり、1日講習聞くだけとか、意味不明なものも多いですよね。そんな資格で、果たして「『この人は私の生涯の先生なの』といってもらえるほどの技術があるの?」って思うんです。

本当に苦労して、すべてをクリアして「なんでも聞いて。私、100通り編めるのよ」という自信をつけさせてあげないと、講師としてデビューした時に大恥をかくと思うんです。

福島協会員の講師でも、エムズファクトリーで材料を買わなければいけないという規定はないそうですね。

松田ありません。どこで買っても構いません。でも、うちほどの品揃えの店はどこにもありませんし、価格も安い。ネット検索しても一番上に当社が出てきますしね。

福島結果としてエムズファクトリーで買うことが、最も合理的ということになるわけですね。

松田そうです。でも最近なんですよ、「その仕組みを考えたんだ、私」って気付いたのは(笑)。

自分のスキルをフルに生かす

福島専業主婦時代の松田さんと、起業されてからの松田さんとでは、ドラスティックに人生が変わったと思います。ご自身ではどんな変化を一番感じていますか?

松田どうでしょうね。一番思うのは、もう女じゃなくなったなって。全然可愛いくないんです。その昔は、彼氏がいるだけでわくわくどきどきしたり、妊娠した喜びとか、子どもを産んだ喜びとか、女の子らしい私がいたんですけれど、今は業者さんと殴り合いまではいかないまでも、ケンカもしますしね。会社を守るために戦うのは私しかいないと思うから、泣いてなんかいられない。正面切って戦える自分がいるんです。

昔はすぐ泣くし、すぐ弱音を吐くし、何かやろうと思ってもすぐポイッて投げちゃったし。何をやっても続かない私が、唯一続いたのがクラフトバンドなんです。

今はみんなから「男らしいね」って、よくいわれています(笑)。

福島そうじゃないと社長は務まりませんよね。

松田そうですね。でも時には彼氏もほしいなって思います。でもね、結婚は二度としたくない。福島さんは、結婚していらっしゃいますよね?

福島ええ。

松田なんか素敵。

福島いえいえ、全然。私なんてなよなよしているから、しょっちゅう主人に「何回同じアドバイスをさせるんだ」と怒られています。

それでも毎日同じような愚痴をこぼしているんですけれど。でも、話すことで結構ホッとできたり、ストレスを発散させたりという。まあ主人は聞き役ですね。ご長男は24歳だったら、もう社会人?

松田ええ、社会人です。

福島もしかして共有できるところもあるんじゃないですか。

松田そうですね。でも話すと心配かけちゃうなって思うんです。子どもに母親の心配をさせてどうするんだと。心配かけるのは老後だけでいいだろうと思っていまして、今はぐっと堪えて「全然平気だから」といっています。

福島なるほど。では働く女性たちが、もっと仕事で活躍できるためには何が必要ですか?。

松田1番はやる気なので、本当にそう思うんだったら、結果を出せばいいんじゃないですか。たとえパートで入っても、会社のために、お客様のために「何を1番にやったらいいのか」を常に考えることだと思います。

ところが、いわれたことしかやらないから、お給料が上がらないわけじゃないですか。いわれたことにプラスアルファして、こうしたらお客さんが喜ぶとか、こうしたら売り上げがアップするという提案ですよ。

どんどん提案して、それが商品化されて結果が出れば、会社だって「すごいな」と思うでしょう。時給900円のパートさんなのに、「何だろう、この人の生み出す力は」となりますよ。

そのためには、自分が持っているこのスキル、全部生かしてやると。誰が何といおうと、「これで今期、この会社にもうプラス1億上げてやる」という情熱があれば、どんどん登っていけると思います。

福島最後に今後の目標をお聞かせください。

松田私、会社を大きくしたいと思ったことが本当にないんです。何となく大きくなってきちゃったんです。でも、やっぱり一番はお客様の信用をもっともっと上げたいですね。まだ1日に数本はクレームの電話があるんです。思っていた色と違うとかね。

やっぱりパソコンの画面がどこの家も違うから、色って難しいんです、伝えるのがね。でも、そういったクレームが1本でも減るように、そしていつかノークレームの会社にしたいと思っています。難しいですけど。(敬称略)

松田 裕美(まつだ・ひろみ)氏
長崎県出身。趣味の延長で始めたクラフトバンドバッグの編み方教室をきっかけに、2005年、材料を販売するネットショップをスタート。2006年4月に株式会社エムズファクトリーを設立。同時にクラフトバンド・エコロジー協会を設立(2013年8月に一般社団法人へ改組)し、代表理事に就任。
福島敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト / 津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに600人を超える経営者を取材。現在、BSジャパンの経済番組「マゼランの遺伝子」のキャスターを担当。経済・経営の他、環境、コミュニケーション、地域再生、農業・食などをテーマにした講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。1997年にはワインアドバイザーの資格を取得。主な著書に「愛が企業を繁栄させる」(リックテレコム)をはじめ、「それでもあきらめない経営」「ききわけの悪い経営者が成功する」「就職・無職・転職」「これが美味しい世界のワイン」などがある。
URL: http://www.atsuko-fukushima.com/