福島敦子のアントレプレナー対談3.11で目覚めた真の起業家精神
公益と収益を両立する美容室

株式会社ラポールヘア・グループ 早瀬 渉社長

株式会社ラポールヘア・グループ(宮城県石巻市)

株式会社ラポールヘア・グループ (宮城県石巻市)
■本社:宮城県石巻市大街道西2-2-27

■仙台支社:仙台市青葉区中央2-2-10 仙都会館5F

■設立:2011年7月1日

■資本金:9,000,000円

●事業内容:美容室ラポールヘアの運営およびフランチャイズ事業
(2013年5月現在:直営店5店舗、FC店2店舗)

●URL http://www.rapporthair.com

●公式ブログhttp://ameblo.jp/wataruhayase/

●関連団体:絆 東日本大震災復興支援美容室宮城県事務局

経営者がすべき復興支援

福島もともと早瀬社長は大手美容サロンの役員をされていましたが、3.11の震災を機に辞職。石巻市に会社を設立し、その年の10月に第1号店を石巻市にオープンされました。安定した仕事を捨ててまで、なぜそういう大胆な決断をされたのか、その心境から教えてください。

早瀬3.11の震災では、全国民が「何かしなきゃいけない」という気持ちだったと思います。僕もボランティアや物資の支援など可能な限りのやれることを、仲間や会社として取り組んでいました。

ただ、僕は24歳で起業した経験があるので、「経営者としてやるべきことが、他にあるんじゃないのか」と思ったんです。それで過去の事例を探ってみたのですが、阪神淡路大震災や関東大震災の後には、起業家が生まれていました。

福島起業家が生まれていた?

早瀬例えば楽天の三木谷浩史さんは阪神淡路大震災の翌年に、最初の会社を設立。この会社を復興の牽引役にすると決意されたそうです。関東大震災の時には渋沢栄一さんが、経済の源流を作ろうということで起業家支援を始めました。

「僕がやるべきことはこれだ」と思いました。これからの日本経済に貢献するのだったら、こういう仕事をやっていこうと思ったことがきっかけです。それで勤めていた会社に「今後10年間はソーシャルの道に進ませていただきたい」とお願いし、4月末で退任させていただきました。

福島理想を抱いても、安定した仕事を捨ててまで実行できる人はそう多くないと思います。

早瀬確かにそうです。僕の場合、美容業界で長年やってきたものですから、確実に初月度から黒字化しビジネスとして成り立つ、という自信がありました。それがあればこそ、だったかもしれないですね。

「公益と収益の両立」が僕にとって大事なキーワードです。収益がなければ継続的に発展できず、雇用もできません。そこがボランティアと違うところですし、起業家としてやるべきことは何かを調べた時に「これだ」と思ったんです。

福島公益と収益の両立は、長年持っていたお考えなのですか?

早瀬それが、なかったんですよ、震災までは。大手サロンに入社した時も、いずれ社長になろうと思っていましたし、震災前は「どうしたら儲かるか」しか考えていなかったような気がします。それが震災で「経済性、独自性、社会性」という順番から「社会性、独自性、経済性」という順番になった。そういう人生観に変わったんですね。

福島縁もゆかりもない石巻市に会社を設立して1号店をオープンしたきっかけは何だったのでしょう。

早瀬全国の被害状況を調べて、最大の被災地が石巻だったので選びました。もともと石巻地域には1000軒ぐらいの美容室があったのですが、津波で200〜300軒が流されました。

美容業界の従業員数は1店舗約2.5人ですから、500〜600人の雇用が失われたわけです。最大の被災地だということで、石巻から始めようと決めました。

託児所併設の美容室

福島独自性といえば、第1号店から無料で利用できる託児所を設け、保育士さんを配置したことに、少し驚かされました。被災地に限らず日本には、託児所のある美容室はなかなかないと思います。

早瀬実は地方に行けば行くほど、そういうサロンはあったんです。大手サロン時代にそういう美容室の存在を知り「これは面白い」との思いがずっと頭の中にありました。お客様にとっても従業員にとっても、託児所があれば便利ですよね。ですから被災地でのビジネスモデルのグランドデザインを描いた時には、託児所があることを前提とました。

福島そういうニーズは、かなりあるんですね。

早瀬そう思いました。そのニーズは都心にもあると思いますが、やれるかどうかがポイントです。家賃が安くないとできません。地方だと賃料が安い。しかも、集客は都心と変わらないというデータもあるので、これはできるなと。

福島これまでのご経験から?

早瀬そうです。今、美容師免許を持っている日本人は100万人います。でも実際に働いている人は40万人ほど。残りの60万人は何をしているのかというと、子どもが生まれて仕事ができなくなったり、やむを得ず他の職業についていたり。そういう人が働ける環境になれば、求人難はまずないだろうと考えました。それが業界の課題であり、社会の課題でもあったんです。

福島育児をしながら美容師の仕事を続けることは、やはり簡単ではないのですか。

早瀬難しいと思います。土日の仕事が増えますし、練習はお客様が帰られた後。普通の美容室での勤務はどう考えても平日20時〜21時まで。土日の出勤も当たり前です。

うちの場合、平日15時で上がることもできますし、土日はお休みしていただくという契約もあります。子どもも無料で預かりますので、1回就職していただくと、その方のお友だちや知り合いにも広がります。ですから基本的に、求人で困ったことはありません。

福島お客様も安心して美容サービスを受けられますね。

早瀬そうです。お客様も子どもを預けて、1〜2時間はご自分の時間を過ごしていただけます。

福島すばらしい取り組みだと思います。ただ、先ほどの公益と収益の両立でいえば、経営的に成り立つのでしょうか。

早瀬家賃問題さえクリアすれば、問題ありません。保育士さんは基本的に毎日1人が常駐していますが、これは一般の美容室で受付の人がいる状況とたいして変わりません。受付を雇うのだったら、保育士を採用するという感覚です。

福島一般の美容室の場合、受付、アシスタント、美容師と役割分担されていますね。

早瀬うちは予約も受け付けていますが、予約せずに来店いただいた場合、空いている美容師が順番に対応するので受付が要らないのです。しかも、お客様には美容師がマンツーマンで応対しますので、アシスタントも要らない。余計なコストはほぼ要らないので、保育士さんの人件費を確保できます。

福島美容師の雇用形態も、個人事業主としての契約や時間制など、働く人に応じて柔軟なようですね。

早瀬2つです。売り上げの45%をお支払いする業務委託契約のメンバーと、扶養範囲内で働きたいというママさん美容師さんと、そのどちらかで採用しています。業務委託でうちに入ると、おそらく転職前の1.5倍ぐらいの収入になります。高い収入を目指したい人もきますし、家庭と両立したいというメンバーもいます。土日に休みたいメンバーがいても、稼ぎたいメンバーが土日に頑張ってくれるので、まったく問題ないわけです。

美容室のもう1つの役割

福島ラポールヘアで仕事をしている方の中には、被災されて辛い経験をされた方もたくさんいらっしゃると思います。

早瀬そうです。1号店の面談では、僕も状況を把握していなかったので、いろいろと聞かせていただきましたが、皆さん涙を流しながら今までの状況を話してくれました。

今はみんな笑顔ですけど、本当にすごい状況を抱えていた。津波で流されたメンバーは普通にいますし、家族を亡くされたり、旦那さんの仕事がなくなったり。そういう面談が2012年の春頃まで続いていました。あの1年間は多分皆さんが、そんな感じだったと思います。「立ち止まっていても仕方がない」という気持ちに変わりつつも、思い出すと涙してしまうという状況でしたね。

福島そういう声を生で聞かれると、ご自身の決断に意義があったということを、強く実感されたのではないでしょうか。

早瀬思いましたね。仕事を通じて「ありがとう」といってもらえることが一番うれしいわけです。メンバーに「ありがとう」といわれ、そのメンバーがお客様から「ありがとう」といわれる。その環境が作れているというのは、最初の目的が少しは達成できているのかなと思いながらやっています。

福島最初の頃、お客様の反応は、どんな感じだったのでしょう?

早瀬そうですね。忘れもしないのは、1号店のオープン日です。開店は朝9時からだったのですが、もう8時過ぎから並ばれているんです。それも周りに美容室がないので、長蛇の列。「美容室にも行列ができるんだ」と、びっくりしました。僕は掃除と受付と洗い場を担当していましたが、お客様から「本当にできてよかった。ありがとう」と笑顔でお金をお支払いいただけるという、そんな状況でした。

福島美容室で髪を整えると「また頑張ろう」とか、前向きな気持ちになれるのでしょうね。

早瀬女性ならではの感覚でしょう。「やっと髪が切れる」「髪が染められる」。そういうことに幸せを感じられるのだと思います。何しろ水道が止まっていましたから、お風呂に入れないしシャンプーすらできない。美容室は、そんな状況から元に戻るきっかけというか、そういう気持ちになったんでしょうね。

福島きっと、お客様同士でいろんな会話を交わす場にもなったでしょうし。

早瀬おっしゃる通りです。最初はお待たせして申し訳ないと思っていたんですけど、お客様同士が楽しくしゃべっている。「あなた、大丈夫?」とか「今、こうなっているのよ」とか、そういうコミュニティになっていました。確かに美容室にはそういう役割もあったなと、改めて思いました。

アジアへの進出を視野

福島社会貢献とビジネスの両立を考えている方は、たくさんいらっしゃると思います。両立のポイントはどこにあるのでしょうか。

早瀬社会問題というのは、被災地に限らず身の回りに絶対あると思います。それを解決する上で、少し視点を変えさえすれば、収益性が両立する状況が見えてくるのではないでしょうか。

福島おっしゃる通りですが、やはり簡単ではありません。

早瀬そうですね。でも、やって気付くこともありますし、やったら結構うまくいくということもあります。やることで人も集まりますしね。うちもそうですけど、何でこんなに求人が集まるのだろうかと。面接で聞くと「せっかく働くのだから、復興を志す会社がいい」とか「働くのだったらこういう会社がいい」とか。そういう時代なんですね。

社会性があるところに人が集まる。人が集まれば、中には優秀な人もいるでしょうし、そこに収益性が生まれるというスパイラルがあるように思います。

福島御社の今後の発展のための課題については、どう考えていらっしゃいますか?

早瀬そうですね。今は普通にやれてはいますけれど「企業は3倍の壁」とよくいわれますので。

福島3倍の壁?

早瀬はい。従業員数でいうと1人から始まって10人、30人、100人。売上高でいうと、1億、3億、10億、30億、それぞれに何らかの障害があるんですね。その時に今までの成功事例をチェンジするのか、踏襲するのか。いろんな選択の下で30年続く企業もあれば、1年でなくなる会社もあるわけです。

弊社は今3年目ですし、ここから10年目までは、また違った形で経営する時期だと考えています。ここをうまく乗り越えることで、30年続く会社の土台を築くことが当面の課題ですかね。

福島今のビジネスモデルを被災地に限らず、全国に広げていかれるお考えですか。

早瀬そうです。当初から『新しい雇用創出の時代を作る 』というミッションを自分に課していました。これを地方都市で実現するために、8万〜15万人の都市で展開しています。そして日本全国から賛同いただける同志を募って、FCとして展開したいですね。そして「そこからアジアに」という、そんな感じです。

福島アジアでの展開も考えていらっしゃるのですか。

早瀬はい。アジア進出に関しては一般的には「労働力が安いから」とか、そう感覚がありますよね。でも、僕にはそういう感覚はなくて、日本で美容業界が生まれたかつての状況を、今のアジアで再現してあげたいと思っています。

要は仕事がないわけですよ、アジアの方々には。年間所得が3000米ドル未満の人口は約40億人。世界人口の約72%もいるわけです。自分に仕事ができる能力がありながらも、それを分かっていない方が多い。要はお魚の釣り方を教えてあげるという感覚ですね。

薬剤や教育などを提供し、仕事がちゃんとできる人をどんどん育てていくんです。そして、その方たちに美容室を作ってもらう。我われはメーカー業として、それをお手伝いするという、そんな感覚です。

福島メーカー業?

早瀬パーマ剤やカラー剤などを製造して提供したり、その使い方を教えてあげるんです。大事なことは、「美容室をやりたい。家族をきれいにしてあげたい」という気持ちが湧きあがってくること。それさえあれば、やり方は教えてあげます。ファイナンスにしても、その国の行政などと連携すればいい。現実にいくつかの国で、行政の方々とそういうお話しを進めつつあります。

福島かなり具体的な構想を描かれているんですね。

早瀬はい。やっぱり待ったなしで日本の人口が世界人口の1%を切る時代がくることは予想できていますからね。日本ももちろん大事ですから、国内では地方の経済を活性化させる今のモデルを進めます。

そしてアジアに対しては、現地の方に「日本のおかげで幸せになれた」というふうに思っていただけるような状況を作りたいですね。それが、日本の存在価値かなとも思います。

福島最終的なゴールは、どう描いていらっしゃるのでしょう?

早瀬単純に「すべての美容師さんを幸せにしたい」ということだけですよ、僕らは美容業界に従事していますので。

他の業種をひっくるめてということよりも、せっかくやり始めたこの業界なので、携わる人だけではなくて、世界のすべての美容師さんが幸せになれるような、そんな社会を作りたいですね。これがそもそもの考え方の原点です。

これを実現するために、まずは自社のメンバー、それから周りのメンバー、そこから日本全国、そしてアジアというように広げていければいいかなと思っています。 (敬称略)

早瀬 渉(はやせ・わたる)氏
1976年生まれ。
2000年に24歳で、日本初のクイックメイク専門サロン「アトリエはるか」を創業。30店舗10億200人の会社に育てる。
同社の事業譲渡後、32歳でモッズ・ヘアジャパンへ入社。入社1年後、役員に就任し、直営店やFC店の営業統括、FC経営者への経営指導、店舗開発、マーケティングに携わる。
東日本大震災を機に美容業界の発展に寄与するため同社を2011年4月末に退社。同年7月に株式会社ラポールヘア・グループ設立し、代表取締役に就任。同年10月に1号店をオープン。
2012年11月、公益財団法人三菱商事復興支援財団からの出資を締結。
2013年2月「Japan Venture Awards 2013 東日本大震災復興賞」受賞。
2013年7月「第27回人間力大賞(青年版国民栄誉賞)復興創造特別賞」受賞。
2013年9月「第27回人間力大賞 経済産業大臣奨励賞」受賞。
福島敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト / 津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに600人を超える経営者を取材。現在、BSジャパンの経済番組「マゼランの遺伝子」のキャスターを担当。経済・経営の他、環境、コミュニケーション、地域再生、農業・食などをテーマにした講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。1997年にはワインアドバイザーの資格を取得。主な著書に「愛が企業を繁栄させる」(リックテレコム)をはじめ、「それでもあきらめない経営」「ききわけの悪い経営者が成功する」「就職・無職・転職」「これが美味しい世界のワイン」などがある。
URL: http://www.atsuko-fukushima.com/