中央大学理工学部・情報工学科仮想世界を3Dプリンターで造形導入事例 3Dプリンター 中央大学理工学部・情報工学科

概要

現実化したアイデアや研究を検証

教育分野で3Dプリンターの活用が広がっている。研究や授業などに応用できる様々な可能性を持つことが理由だ。

実際、先行導入により、その活用に取り組む教育機関では試行錯誤を重ねており、徐々に成果も見え始めてきた。中央大学理工学部の情報工学科もそうした機関の1つである。情報工学といえば、高度な数学理論、通信やコンピューター技術などをメインに研究する分野だけに、どう3Dプリンターと結びつくのか。

同学科のシステム解析・可視化研究室の牧野光則教授は、「仮想世界を3Dプリンターにより現実化することで、アイデアや研究結果を様々な視点から検証することが可能となる」といい、「仮想と現実の間を行き来することにより新しい仕組みやシステム、必要な技術などを開発できるのではないかと」と話す。

そして、この環境を実現するシステムが、牧野教授が中心となり、2015年7月に同学科内の教育施設に導入した「3次元工房」である。

『VRものづくり』を実現

3次元工房とは、最新鋭の設備により構築された「バーチャル・リアリティ(VR)ものづくり」を体感できるシステムのこと。2台の超大型98インチ4Kディスプレイや石膏タイプの業務用カラー3Dプリンター、制御用コンピューターなどから構成されている(下写真)。

システム利用の一連の流れは下図の通り。3Dスキャナーやカメラで取り込んだ3次元データをディスプレイに投映してモデリングツールでの加工、コンピューター・グラフィックス(CG)や拡張現実(AR)処理などにより編集を行う。こうして加工したデータを、3Dプリンターで出力して実体化する。

今回、3次元工房の設備一式の導入を担当したのはヤマダ電機。

価格もそうだが、最大の決め手は3Dプリンターと共に導入した98インチの大型ディスプレイの搬入に他社が尻込みする中、同社だけが「階段を使ってでも運ぶ」と、対応したことという

<図:「3次元工房」のシステムイメージと概要>

学科授業で活用開始

では、この「入力から出力までを一気通貫で行える設備」は、実際にどう使われているのか。学科授業の例が分かりやすい。

2015年度は、2年生後期科目「画像・映像コンテンツ演習1」で導入した。同演習は、標高値データ(飛行機からスキャンしたビルの屋上や地面などの高さを示す数値)に対して、学生達がチームで地面とそれ以外を区別可能な処理をコンピューターで行い、立体地図を作成するという内容だ。

例年、膨大な標高値データを適切に選別するアルゴリズムを考え、ポリゴン(CGで立体を表現するために用いられる多角形の平面データ)化するアルゴリズムで形作った結果をCGで提示する。正確に立体化されているかどうかは、VRシステムで視覚的に確認していた。

これが、3Dプリンターを備えた3次元工房の導入により、現実の物体として出力可能となった。実際に造形してみるとバラバラに崩れて立体にならないチームもあったという。

「VR上では成功しているように見えても、実体化した時に壊れるのは何かミスがあったということ。そのことを学生たちは体感的に検証できるようになった」と牧野教授。「再挑戦やもっとうまく作ろうといった気持ちを持ってチームで取り組むなどの行動特性面での向上も見られた」と手応えを感じている。

とはいえ、学科授業での活用は試行錯誤の段階という。90分の講義枠内では、造形中に何をするかといった授業設計の課題もあり、出力まで講義に組み込むことは難しいからだ。現状では、学生からデータを預かり大学側で造形して後日学生に渡す方法がスムーズとのこと。

昨年度の演習でも、ティーチング・アシスタント(TA)が学生たちのデータを受け取り一括出力した。2016年度は、この方法をベースに他の学科授業へ展開していく。

学科演習では、都市データを基にCG化。
VRとして確認すると共に3Dプリンターで出力された造形物

VRでは、うまく立体化できているように見えても、どこかにミスがあると造形物はバラバラに

研究での効果に大きな期待

一方、学科授業よりも活用を進めているのが研究だ。「3次元工房のプロジェクトをスタートさせた当初から、どう使うか想定できた」というように、いくつかの研究では活用のイメージが描かれていた。

例えば、コンピュータービジョンの研究(コンピューターが実世界の情報を取得する過程を扱う学問)では、カメラで撮影した被写体を現実化するために、3Dプリンターを活用。情報幾何学系の研究では、現実には存在しえない不可能物体を実体化することで、現実にはどう見えるかといった検証が可能だ。

いずれも本格的な活用はこれからだが、期待は大きい。情報工学分野、特にVR系の研究が抱えていた課題を解決できそうだからだ。

前述の通り、VR系の研究では造形して実体化することで、手軽に様々な方向から立体物を確認できるようになる。3Dゴーグルなど先端のVR機器を使えば仮想世界のままでも再現はできるが、現段階ではすべての方向から自由に確認できるほどインターフェイスは優れていない。

この点、VRを実体化した造形物は仮想では見えにくい部分が見やすくなり、別の観点から研究アイデアや結果が確認しやすくなる。さらに、VRは視覚に頼る面が大きいため、現実化されることで手に持った人に触覚情報を与えられることは研究にとって重要という。

また、牧野教授は「研究成果を見せやすくできる点でも大きな意味がある」といい、「それこそ、VR設備のない場所でも資料提示や成果発表を行える可能性もあり、これは従来では難しかった」と語る。

中央大学の情報工学科は、世界初となる12K4K相当の3Dディスプレイ・ウォール(4Kディスプレイ6面構成)を2013年に導入するなど、常に最先端設備により同研究分野をけん引する。3Dプリンターの活用動向をはじめ、今後の研究成果にも注目していきたい。

<表:情報工学科の研究分野における「3次元工房」の活用イメージ例>

研究分野 概要
コンピューター・グラフィックス/バーチャル・リアリティ系の研究 CGやVRにより作成された仮想データ(3次元データ)を、3Dプリンターにより出力することで現実化。手にとって様々な方向から視覚的かつ触覚的な検証が可能となる。また、拡張現実では、ARマーカーの作成に活用できるので、オリジナリティの確立やコスト削減などにも効果が期待できる
情報幾何学系の研究 不可能物体(だまし絵のような目の錯覚を利用した実在が不可能とされる物体)の3次元データを、3Dプリンターで造形。実際に作ってみることで、現実にはどう見えるのかを調べることができる
地理情報系の研究 計算や分析に基づいて作成した地図データを3Dプリンターで実際に造形することにより、正確性の確認や検証、研究成果の提示などに活用できる