地方発!世界で活躍する会社類がない切れ味の刃物を開発し、世界最大の見本市で勝負!

穂岐山刃物 株式会社[高知県]

高知県香美市土佐山田町栄町3-15

代表取締役 穂岐山信介

TEL. 0887-53-5111

URL. http://www.hokiyama.com/

いつかは自社ブランドで!!

1992年2月、当時35歳の穂岐山信介はフランクフルトにいた。そこは多彩な分野から4000社以上が出展する世界最大の見本市「アンビエンテ」の会場。一流ブランドのブースが広大な会場を埋め尽くし、10万人をはるかに超えるバイヤーが新商品をチェックする。高知県の片田舎から初めて参加した穂岐山は、見るものすべてに圧倒されていた。

このとき、穂岐山はOEM生産による包丁の説明員として、某メーカーのブースにいた。もちろん自社の技術に自信はあるが、完成品は他社の製品とされている。だから、いつかは……と穂岐山は思った。この世界最高の舞台に、自社ブランドを持ってきたいもんや──。

穂岐山刃物は「土佐打刃物」の産地、高知県香美市にある。この地には鎌倉時代、日本刀の作刀技術が伝えられ、鍛冶屋の技と融合し、実用的な刃物が生産されてきた。穂岐山刃物は大正時代、刃物問屋として創業したが、その後、自社での製造も行うようになった。穂岐山が会社のモノづくりに対する考え方を語る。

「土佐打刃物の特徴は加熱した鋼を叩いて伸ばし、しっかり鍛えることです。うちはこの根本の部分にこだわっています。ただ、今も地元の鍛冶屋さんの刃物を扱っているので、それらを尊重しつつ、違う方向性でモノづくりをしてきました」

穂岐山が入社したのは1980年。その頃から、OEMの仕事が柱の一つになっていく。特筆されるのが、1986年に京セラの依頼を受けて作ったセラミック製の包丁だ。セラミックは錆びることがなく、ダイヤモンドに次ぐ固さを持つ一方、もろいという大きな弱点があった。

セラミックなんかで、いい刃物ができるわけがない。それまではこういわれていた。確かに困難な案件だったが、独自の研磨技術によって、刃こぼれしないセラミック包丁作りに成功する。あの難しい素材をよくぞここまで……と穂岐山刃物の高い技術力は注目されるようになった。

目からウロコが落ちた欧州体験

この頃、穂岐山自身は営業職として日本各地を飛び回っていた。国内の得意先巡りに忙殺され、海外にはまだ目が向いていない。そんな穂岐山が1990年、刃物の本場であるヨーロッパに行く機会を得た。地元の問屋や刃物職人と一緒に、刃物産地を視察することになったのだ。行き先はフランスのティエールと、ドイツのゾーリンゲン。実は渡航前、穂岐山の腰は若干引けていた。

「ヨーロッパは遠いし、多言語だし、商社経由でないと取り引きは難しかろうと思っていたんです。ところが行ってみると、言葉は英語でOK。相手も同じ業界の人間なので専門的な話もできる。目からウロコが落ちました。取り引きをするのにまったく問題はないと、苦手意識が消え去りました」

この経験から、穂岐山はヨーロッパを意識するようになる。冒頭にあげた「アンビエンテ」への初参加はその2年後のことだ。巨大見本市に圧倒されつつ、自社ブランドでの出展を夢見るが、実現するのはまだ遠い先のことだった。

“下請け根性”があった初出展

1990年代、穂岐山刃物は小規模ながら、自社製品のセラミック包丁を輸出するようになった。大きな商いにはならなかったが、現地での取引先は少しずつ増えていく。だが、自社ブランド構築とまではいかない。

穂岐山刃物が初めて、自社で見本市に出展したのは2001年。ドイツの国際見本市「ケルンメッセ」だった。穂岐山は自信を持って開発した製品を引っ提げて出展した。ステンレス製のダマスカス鋼。異種の鋼材を何層にも貼り合わせ、刃の表面に美しい文様を出したものだ。

「しかし、当時はまだ下請け根性が抜けていなくて」と穂岐山は振り返る。自社ブランドの完成品ではなく、刃物の材料を売りに行ったのだ。一応、完成品のサンプルも作って展示。それを見て、ドイツの刃物メーカーの社長が足を止めた。

「こいつを持ってこい。我われは完成品がほしいんだ。こういわれたんです。ああ、下請けではなく、自社の製品で勝負できるんだ、という自信につながりました」

穂岐山の自社ブランド構築への思いは膨らんだ。その背中を押したのが、他社の日本製刃物が海外で次々と評判になったことだ。日本の包丁は、固い鋼を軟らかい鉄で包む三層構造が特徴。切れ味が鋭く、メンテナンスもしやすい。この特性が受け入れられ、砥石で研ぐという日本文化ごと輸出されるようになった。

「日本の包丁はオーバークオリティではないかと思っていたんです。世界ではここまで感応的な切れ味は求められていないんではないかと。しかし、これが単なる思い込みだということが分かりました」

穂岐山刃物は新たな包丁作りにまい進する。

20年以上かけ、目標の見本市へ

2010年、穂岐山刃物は誰も見たことのない製品作りに成功する。ロケットエンジンなども手掛けるIHI とのコラボ。刃の中に固い粒子を深く分布させたもので、使って摩耗することにより、ミクロン単位の新たな刃が発生。切れ味が驚異的に持続する画期的な製品だ。穂岐山はこれを「SAKON+」と名付けた。

「固くて錆びないセラミックと多層構造のダマスカス鋼に、この『SAKON+』が加わりました。自社製品が三つ揃ったことで、やっと見本市に出展するに値するメーカーになったと思いました」

「アンビエンテ」に出展したかったが、前回参加した約20年前とは状況が変わり、ブースの枠がなかなか取れなくなっていた。そこで、パリで開催される見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出展した。これに3年続けて参加したが、やはり「アンビエンテ」で勝負したい……との思いが募る。

「メゾン」に出展しつつ、「アンビエンテ」にもエントリーするが、毎年落選。2014年、とにかく出なければと考えを変え、「伝統的工芸品産業振興協会」の「アンビエンテ」出展募集に応募。これで一応参加はできたものの、ブースはキッチンウェアのホールではなかった。

ところが、翌年、「うそみたいに運よく、メインホールのど真ん中にブースが取れました」と穂岐山は顔をほころばせる。「メゾン」への連続出展などが評価され、出展社を決める担当者が随分とプッシュしてくれたようだった。模索した数年間の道のりは無駄ではなかった。周りのブースはドイツやフランスなどの一流メーカーばかり。穂岐山刃物が提案する先鋭的な刃物は、それらの製品にひけを取らない輝きを放っていた。

「今、海外の比率は4割で、生産が需要にまったく追い付いていない状況です。世界を相手にするのに、地方にいるってことは全然ハンデじゃない」と穂岐山は言い切る。

「アンビエンテ」には一度実績を作れば、引き続き出展することが可能だ。穂岐山にはこの先もずっと、最前線で闘う覚悟ができている。今後も画期的な刃物を開発し、世界中のバイヤーを驚かせることだろう。(敬称略)