知ってトクする「年金講座」基礎の基礎第1章:年金の不安と不満
「年金カット法案」とは?(第5回)

 2016年末に、野党や一部のマスコミが「年金カット法案」と揶揄する「年金改革法案」が成立した。この法案は、前回少し触れたように、年金制度を維持継続させるための法案だ。

 年金制度の持続性が危ぶまれている原因はその財政にあるのだから、制度を維持継続させるには、年金支給水準を徐々に引き下げいかなければならない。当然「年金改革法案」の内容はそのようになっている。

 したがって、野党や一部のマスコミが言うような「年金カット法案」というレッテルは、間違いではない。だが、この法案の一面を表しているにすぎず、「なぜ、そうしなければならないか」という視点が抜け落ちている。

 前回、年金制度の構図として、「おみこし型」「騎馬戦型」「肩車型」といった例えを紹介したが、現状は、「騎馬戦型」と「肩車型」の中間で、支え手が3人に満たない状況になっている。

 厚生労働省の公表データによると、2014(平成26)年度末の年金加入者数は約6,700万人、年金受給者数は約3,200万人、となっている。

 年金加入者数には保険料を負担しない「第3号被保険者(サラリーマンの妻等)」も930万人程度含まれているので、保険料を負担する人数は5,700万人強ということになる。5,700万人で3,200万人を支えるのだから、すでに1.8人程度で一人の高齢者を支えるという構図になっているのだ。

 つまり、年金制度は現段階で、かなり苦しい状況にはなっているということだ。

 しかし、年金制度にはまだまだ約200兆円(平成26年度末)の「積立金」があるので、すぐに年金危機に陥るわけではないし、実際に1.8人で一人の高齢者を支えているわけでもない。現役世代にそこまでの負担を求めなくても、年金積立金がバッファになっているのだ。

 とはいえ、年金積立金がバッファになっている状況とは、現役世代の負担だけでは足りず、その不足分を年金積立金からの「繰入れ」で賄っている状況なので、将来的には楽観できないということでもある。

 安倍政権になってからの3年間は、アベノミクスによる株高で積立金の運用益が「繰入れ」を上回っているから、積立金自体は増えている。

 しかし、2015(平成27)年度には、5.3兆円の運用損が出たので楽観はできないし、長期的に見れば、運用の好調が継続する保証はない。仮に運用の好調が長期的に継続したとしても、少子高齢化の進展に伴って、積立金からの繰入れ額は増えていくはずだ。

 現在は「すでに年金財政が危機的状況に陥っている」ということではなく、将来的にかなり危機的な状況になることが想定されているという段階である。「年金改革法案」は、年金財政にまだ多少の余裕があるうちに、年金支給水準を長期間かけて少しずつ下げていこうというもので、年金制度の維持継続のためには、避けられない法案といえる。

 今回の「年金改革法案」を論じるには、2004(平成16)年の年金改正で導入された「マクロ経済スライド」について触れなければならない。「年金改革法案」は「マクロ経済スライド」の修正法案だからである。

 今を遡ること12年以上前になるが、2004(平成16)年に大きな年金改正が行われた。政府が「100年安心」を謳った、当時の小泉政権下で行われた年金制度改革である。私たち社会保険労務士の世界では、「平成16年改正」と呼ばれている。

 「平成16年改正」の目玉が、年金支給水準を長期的に少しずつ引き下げていく「マクロ経済スライド」である。しかし、「マクロ経済スライド」は、デフレ下では実施しないことになっていた。日本経済は、当時すでにデフレ状態だったが、その後もデフレが継続した。そのため、「マクロ経済スライド」は機能不全に陥ってしまったのである。

 そこで、「マクロ経済スライド」を修正する必要が生じ、そのための法案が今回の「年金改革法案(年金カット法案)」である。したがって、「年金改革法案(年金カット法案)」を理解するためには、「平成16年改正」の「マクロ経済スライド」を理解することが必要だ。

 「マクロ経済スライド」については、次回は解説しよう。

渋谷康雄(しぶや やすお)
社会保険労務士 / 昭和32年生まれ。社会保険労務士。明治大学卒業。平成13年「渋谷社会保険労務士事務所」開業。平成18年「特定社会保険労務士資格」取得。得意分野は公的年金・65歳までの継続雇用制度構築・高齢者賃金設計・就業規則・個別労働関係紛争の相談等(年金、社会保険、労働法に関する分野)等。他に講演やセミナー講師、テレビコメンテーターなどとしても活躍。主な著書に「60歳からの年金・健保・雇用保険・税金の判断基準」(平成25年三訂版、日本法令)、「ケース別サラリーマン夫婦の年金がわかる本」(平成26年、日本法令)がある。
URL: http://yasuo-shibuya.main.jp/