モーリ姐さんの“剣道一直線”(最終回)剣を通じた子供達とのふれあい

ボストンから帰国した後、就職した会社で営業ウーマンとして働きながら、同時にまた「日本」に浸かりたい気持ちもあって大学の道場にちょくちょく顔を出すようになった。

この時期、同期の男子が男子部員のコーチとしてやはり大学の道場に指導にきていた。私とちがって華々しい剣道の戦歴を誇っていたその男子と間もなく結婚した。そしてこの結婚はほどなく終わる。

結婚して初めて、自分は相手の戦歴以外の何物も知らなかったことを思い知らされる。剣道は人間形成の道である、と幼少の頃からいわれ続けていたが、その言葉に疑問を持った一連の出来事だった。このことについて説明すべきこと問いただすことは沢山あるが、ここではこのくらいにしておくほうがよい。

仕事に埋没するためにスピンアウト

剣道界の有名人との結婚と破局。勤め先の空気もなんとなく冷たい。完全に人生の方向転換を図りたくなっていた。また、面倒なことからとき放たれ、身軽になり仕事に埋没したいとも感じていた。

同じ会社にいた二人が新規事業を立ち上げようと計画しており、仲間を求めているのを知る。迷わずこの指とまれの指に止まった。わくわくするようなことができそうに思えた。資金のめどがたった段階で、三人でスピンアウトした。

事務所探しから事業計画、顧客への提案書の作成、経理、法務なんでも自分たちでやらなくてはならない。24時間仕事モードになり、剣道から再び遠ざかる。しかし「体力は維持しなくてはならない」とランニングを始めた。

このランニングは今でも趣味である。その後15年間他人から給料をもらわずに、つまり自分の足で立っていられた。

この間いろいろなことがあった。新しい商材を求めて北欧のベンチャー企業まで押しかけたこともある。資金繰りが悪化し、金融機関と息を飲むつばぜり合い。法律ギリギリのところで、“ねこだまし”さながら、ひらりとかわしたこともある。何をいっているか分からないですね。いつの間にか両親も旅立っていた。

新天地「群馬」での剣道

6年前、ヤマダ電機に事業を継承していただき、残留しても良いというスタッフと共に当社に入社して今に至る。ヤマダ電機入社と同時に東京から群馬県へ移住した。移住してきて5年間、この地には剣道の知り合いもいないので休日に東京まで電車で行き、旧知の剣友が集う道場で稽古を続けた。

剣道を群馬県で稽古し出したのは1年前からだ。東京で出場した毎日レディース剣道大会という試合の会場で、大学の先輩から前橋の七段の女性の方を紹介される。この先輩の導きで群馬県県庁の稽古会で稽古を開始した。

県庁の稽古会をきっかけに、県内でのいくつかの稽古会にもお邪魔するようになる。現在は群馬県前橋市広瀬町にある剣和会という剣友会に正式に入門させていただいている。来月には東京都剣道連盟から群馬県剣道連盟へ登録を移す予定だ。群馬県の剣道人として六段昇段を目指す。

1年間群馬県で稽古して思うことは、群馬県は意外に剣道が盛んな土地だということ。そして剣道大好きないわゆる「剣きち」も多いということだ。一見物静かで熱く燃えるようなところは見せないが、内心は剣道を「上達したい」「極めたい」と四六時中考えている方が多いように思える。

稽古が終わって懇親会と称する飲み会になると、5時間でも6時間でも飲みながら剣道談義に花を咲かせる。

そして小さな剣士、子供達への指導も熱心だ。東京では都心の道場や大学の道場での稽古が主だったせいか、小さな子供達と稽古する機会があまりなかった。なので前橋の剣友会で子供達と剣を交えるのは新鮮だ。

まだ体が小さ過ぎて、どうみても防具が歩いているようにしか見えないような子供が竹刀を振り回す、というより竹刀に振り回されながら必死でかかってくる。こんな姿を見ると、剣道に魅せられてこの道に入った幼少のころのことを思い出す。

そして、あの頃指導してくださった先生方がどんな気持ちでどのような祈りを込めて私たち子供たちに稽古をつけてくださっていたのかわかる気がする。

やっと歩いているような幼い剣士でも、試合に勝てばこぼれるような笑顔を見せるし、負ければこの世の終わりのように泣き崩れる。だけど心配しなくていい。この子たちはこれから幾多の勝ちに祝福され、あまたの負けに突き落とされる経験を経てやがて大人になっていく。 (剣道一直線は今回が最終回です。ご愛読いただきありがとうございました)

毛利 祐子(もうり ゆうこ)◎ヤマダ電機法人事業本部インセンティブ管理部
剣道五段。剣道暦は30年以上。米国に留学していた3年間、そして日本で起業して多忙な時期に一時剣道から離れた以外は常に剣道が傍らにあった。剣道から離れた時期にはランニングで体力維持に努め、こちらも趣味が高じて、というか高じてもいないが、多いときで年間15レースものレースに出場した。現在はフルマラソンを含む年に5回程度。ヤマダ電機法人事業本部にて企業向け携帯電話などの商材商流の確立を担当。現在は平日朝ジョギングし、週末は東京や群馬県内で剣道の稽古という二足のわらじ生活。目標は4年後に受験資格がもてる剣道六段取得、マラソン3時間半切り。マラソンはうなぎのぼりに記録が伸びていた一時期を終えて、今は水平状態なのでサブ3.5の目標はかなり高嶺の花。