「After NAB Show」で語られた米TV業界の現状米国放送局も暗中模索の状態!?
コンテンツのネット配信ビジネス

 6月1~2日、秋葉原のUDXで開催された「After NAB Show」(秋葉原UDX/主催:(株)映像新聞社、他)に出向きました。このイベントは本年4月に米国ラスベガスで開催された世界最大の放送機器展「2017 NAB SHOW」(主催:National Association of Broadcasters/全米放送協会)をベースに、そこで展示された放送・映像機器の展示や今後の米国放送業界のトレンドなどを日本国内で解説するもの。

 普段はテレビなど端末の動向をウォッチすることがメイン。しかしながら、4K・8K放送など超高画質テレビ放送のスタートを目前に控え、その一方でコンテンツのインターネット配信(OTT:Over The Top)が急速に普及するなど、過渡期を迎えている放送業界の今後の動向を、ぜひとも知りたいと思いました。

 1、2日の両日、午前9時から行われた映像新聞社論説委員の杉沼浩司氏による2017 NAB現地レポートは、日本に居ながらにして米国放送業界の最新事情を知る非常によい機会となりました。この話を聞いて強く感じたことは、「米国の放送業界も現状ではOTTの動きを、自らのビジネスに取り入れることに苦慮しているようだ」ということです。

ローカル局は地元密着情報のライブ配信を強化

 NABのゴードン・スミス会長は「コンテンツは電波のみで届けられる時代ではない」と語ったそうですが、これは放送局に向けた「自ら制作したコンテンツを、ネット配信にのせるなどOTTとしてもっと有効活用せよ」との叱咤激励なのでしょう。

 日本でOTTサービスといえば、すぐに連想するのはNetFlixやアマゾン・ビデオなどの外資系コンテンツ配信会社でしょう。彼らはテレビ受像器の中に最初からアプリを組み込ませており、大画面で自社サービスを見られるようにしています。その一方で、タブレットやスマホでも同じコンテンツを視聴可能であり、しかも、最新コンテンツなどの情報をメルマガなどで逐一配信。メルマガからそのコンテンツに直接アクセスできるという利便性をも兼ね備えています。

 ゴードン・スミス会長がいいたかったことは、「そういった配信体制を放送局も構築し、新たなサービスを展開すべき」ということなのでしょう。そして、「ローカル局の未来はブロードキャスト(放送)とブロードバンドにある」や「ブロードバンドのデジタル化で広告価値を高められる」などとも語ったそうですが、これらの発言はあたかも、現状で劣勢に立たされている放送局(特にローカル局)を鼓舞しているかのように、個人的には感じられました。

 テレビ放送や映画、映像の世界というと、そのビジネスモデルやコンテンツのスタイルなどは米国が先行し、日本やその他の国が後追いや模倣をするというイメージでした。

 ところが杉沼氏のレポートを聞く限りでは「放送局のネット配信のビジネスモデル化に関しては米国も日本も大差がなく、どちらも現状は暗中模索の状態なのだろう」ということです。これは放送分野については門外漢の自分には、かなりのサプライズ。正直なところNAB2017では、OTTについて今後の何らかのヒントが掴めるのではと期待していただけに、残念な部分でもありました。

 こうした現状の打開策として杉沼氏があげていたのは「ネットワーク(全米キー局)はコンテンツ制作力強化に尽きる」ということであり、「ローカル局は“ニュース+天気予報&交通情報”のさらなる充実」でした。特にローカル局は“地元密着したコンテンツのライブ配信こそ未来への進むべき方向”とのこと。

 現実に米国のローカル局では、2016年のニュース番組放送時間が2004年比で40%増えたとのこと。そしてこのことをFCC(連邦通信委員会)のアジット・パイ委員長が賞賛したのだそうです。

 確かに全米キー局や大手のコンテンツ配信会社が手をつけにくく、かつ地元の視聴者が興味を持つニュースや情報などに、より濃密に取り組むという方向性は正しいように感じます。しかも、そのコンテンツをテレビだけでなくOTTとしてスマホやタブレットでいつでもどこでも見られるようにすれば、ライフスタイルが多様化している現代人(特に若年層)にもフィットすることになるでしょう。

 もっともそんなことは、米国や日本に限らず世界中のテレビ関係者がとっくに把握しているはず。にもかかわらず、「コレ」という成功モデルが出現していないわけですから、ことは簡単には運ばないのでしょう。何よりも世界最大の放送機器展において、全米放送業界のトップが、いまだにこうしたメッセージを発信しているという事実が、厳しい現実を物語っているわけです。

 杉沼氏のレポートは「OTTはきっと“味方”にできます」とのキャッチで締めくくられましたが、これにいささかの寂しさを感じたのは、自分だけではなかったように思います。(征矢野毅彦)