必読!これがホントの“節税”講座加速し続ける富裕層の海外移住
租税回避を阻止する行政との攻防

寄稿:梅川 貢一郎(有限会社トライアングル 代表取締役・税理士・公認会計士)

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加速するグローバル化の波

アメリカのトランプ大統領は自国第一主義。経済のグローバル化には否定的のようです。しかし現実の世界では人、モノ、金は20年前では考えられなかったことですが、ほぼ自由に移動可能です。

そのため製造業は、人件費など製造コストのより低い国に工場を移転し、お金はより低金利で借り入れができる国で調達し、高い金利の国の通貨で運用する。財産はより税金の低い国に移転するというのが常識化しています。

いかにトランプ大統領が強権を発動しても、変えることのできない世界的、歴史的な動きです。日本ももちろん、その例外ではありません。

製造業は空洞化し、富裕層は税金のかからない海外に脱出しています。今回は海外に脱出を試みる富裕層と、それを阻止しようとする税務当局の攻防について述べましょう。

企業規模の大小を問わず、優良企業のオーナーはいかにして税金(相続税、贈与税、所得税など)を支払うことなく、自分の後継者である子供に持株を譲渡するかで頭を悩ませます。

業績がよく、企業価値(株価)が高ければ高いほど、その株を後継者に移転する時の税金も高くなります。何しろ日本の相続税は「世界一」高い。最高で55%がお国に持っていかれます。

その税金を支払うために、株の一部や所有する不動産などの他の資産を処分しなければならないケースは珍しくありません。

武富士事件の波紋

武富士事件をご存知でしょうか。武富士は、今は会社更生法適用中、いわゆる事実上「倒産」してしまいましたが、かつては「サラ金のトップ企業」であり超優良企業でした。

当時オーナーであった会長も高齢になり、同じ問題に直面しました。そして、自ら所有する武富士株を長男(当時専務)に「無税で」譲渡するため、ある租税回避スキームの利用を思いつきました。

それは、「海外に存在する財産を非居住者に贈与する場合は非課税」というものです(当時は有効だった)。

つまり、財産を一時的に海外に移転し、子どもも国外に居住させ、その財産を贈与すれば課税されない、ということです。

ちなみに税法では、1年以上を国内で居住するものを国内居住者といい、それ以外を非居住者といいます。ただし、「居住日数」の要件は重要ではなく、居住者かどうかは、「実質的に」国外か国内どちらに生活の拠点を置くかにより判断します。

会長は1999年、自ら所有する持株をオランダのペーパーカンパニーに移転し、そのオランダ法人の株式を長男に贈与しました。当時、長男は香港に居住していることになっていたのです。

オランダという海外にある資産を、香港という海外に居住する長男に譲るわけですから贈与税は「非課税」だという仕組みです。ところが、税務当局がこれに異を唱えました。

長男が香港に住んでいたのは、年間の3分の2程度であり、しかもホテル住まいだったのです。それに対して長男は、香港滞在は武富士の海外業務を行うためであり「租税回避目的」でないと主張しました。

結局、税務当局は、贈与を受けた長男は一時的に海外に居住していたにすぎず、「非居住者」とはいえず、贈与税の対象であるとして、約1300億円の贈与税の支払いを求めました。

長男はそれを不服として10年以上かけて裁判で争ったのですが、争点は株の贈与時に自分が非居住者であったか否かでした。

財務省の租税回避対策

結論は2011年の高等裁判所で判決が出ました。長男側の勝訴、税務当局の敗退です。還付加算金を含めて納めた税金全額が長男に還付されました。

裁判所は、確かに長男の香港居住は、「租税回避のため」の疑いはあるものの、疑いだけで脱税を決めつけることはできないとしました。

長男が海外に住んでいたのは事実であるとし「非居住者」であったことを認めたわけです。

世の中には、法の網をくぐった抜け穴的な「節税方法」が存在します。それが「租税回避」と税務署から疑われたとしても、法律要件が守られていたら、簡単に税務署から否認を受けることはないということを示したことで重要な判決でした。

もちろんこの事件を受けて、財務省が2000年以降、租税回避を防ぐため法律を都度改正したことは言うまでもありません。

実は、富裕層が海外に財産を移転して日本の高い税金の支払いから逃れようという動きは1990年代後半ころから顕著になりました。その原因は大きく分けて三つあります。

一つ目は円高。

1995年に1ドル80円のかつてない円高を経験して以来、時には円安に振れつつも基本的には円高です。外貨建ての海外の資産を購入するには絶好の環境です。1ドル160円が80円まで円高になれば同じ「円」で倍のドル資産を購入できるわけですから。

二つ目は、身近になったタックスヘイブン国の登場です。

タックスヘイブンといえば、ニュースでも話題になった「パナマ文書」のパナマをはじめ、イギリス領ケイマン諸島や同バージン諸島などが有名ですが、どちらかといえば多国籍企業や超富裕層が特殊な仕組で利用する印象でした。

ところが、香港やシンガポールは観光がてら訪問してパスポートを見せれば、普通の日本人でも自由に銀行口座や株式取引口座を開設できる「無税国」です。

世界中のお金持ちを招くために税金を限りなくゼロにして、しかも快適に暮らせるようインフラの整備にも熱心です。一定の財産を預金すれば永住権さえ取得できます。

富裕層と財務省のイタチごっこ!?

三つ目は、お金のグローバルな移動を可能にした通信、とりわけインターネットの発達です。

かつては、海外に口座を開いても通信手段が限られていたため、取引の都度海外に出向く必要がありました。しかしながらネットのおかげで日本に居ながらにして、資金の移動や株式の売買も可能になりました。

また、世界中の有利な金融商品や株式相場も簡単に入手可能となりました(英語のホームページでもGoogleなどの翻訳ソフトのおかげで、日本語で読むことができます)。

ところで、すでに述べたように2000年の武富士事件を契機に税制が大きく改正されました。

まず、海外に移住していても、親または子供が5年以内に日本に住所がある場合には、海外財産に対して相続税・贈与税が課税されるとされたのです。「5年」という縛りを入れることで相続税逃れを防止しようとしたわけです。

しかし、どうしても税金を払いたくない富裕層にとって、5年の海外生活は大して問題ではなかったようです。親子ともに海外で5年間暮らし、その後、海外に移転しておいた財産を贈与してしまえば税金はかからないからです。

まるで、イタチごっこのようですが、税制はさらに強化され、2017年税制改正では5年が10年に延長されました。国としてはどうしても富裕層の国内での課税を強化したいのでしょう。

しかし、たとえ10年が20年になろうと、富裕層に家族もろとも財産を持ってタックスヘイブン国へ移住されては元も子もないと思うのですが。

「国外転出時課税制度」とは

もう一つ、海外への財産移転を阻止する税制が2015年に誕生しました。それが「国外転出時課税制度」の創設です。

海外に移住する場合、1億円以上の有価証券、未決済の信用取引、デリバティブなどを保有している場合には、その含み益に対して譲渡したとみなして課税するという制度です。

タックスヘイブン国に移住する際、安い価格で購入した株式などを持ち込めば、その国で売却すると非課税でしたが、それを出国時に日本で課税しようという税制です。租税回避を水際で阻止しようという意図でしょう。

また、国税当局は増え続ける個人の海外資産を把握するため、2014年から「国外財産調書制度」を創設しました。

これは、12月末時点で5000万円を超える預貯金、不動産、株式などの海外資産を保有する人は、翌年3月15日までに「国外財産調書」を提出しなければならないという制度です。

この制度の目的はもちろん「税金逃れ」の防止です。国外に持ち出された資産がどのように処分されたかを国税当局が追うのはかなり困難です。

確かに国税当局はOECD加盟国をはじめ、海外の主要な国の税務当局と協定を結び、日本人が保有する資産に関する情報を提供してもらえる仕組みを作っています。

しかし、外国の税務当局が「自国ではない」他国である日本の税金徴収にそれほど積極的に協力するとは考えられていません。なぜならば、どの国でも外国からの投資はウエルカムだからです。

特に産業に乏しい発展途上国にとっては、わざわざ自国にお金を投資してくれた富裕層が外国に逃げ出すような行動を、積極的に行うとは考えづらいからです。

そこで「国外財産調書」提出の義務化です。提出を怠ったり虚偽の申告を行った場合には、1年以下の懲役または、50万円以下の罰金というペナルティ付きです。

日本の居住者は、国外での所得に対しても所得税を払わなければなりません。香港の銀行に預けた外貨預金の利息、シンガポールの証券会社で売却した株の売却益に対しても、現地では非課税でも日本で確定申告する必要があります。

日本国内の金融機関であれば、必ず取引内容を税務署に報告する義務を負いますから、国内財産では「無申告」は直ぐにばれます。しかし国外での取引は「自己申告」しなければ分からないので、予め国外の財産内容を把握しようという意図です。

あるいは、武富士のようにタックスヘイブン国で親から子供へ財産の贈与があっても、贈与税を課税するための課税漏れ防止制度です。

それでも増加「富裕層の国外移住」

ちなみに国税庁の発表では、「国外財産調書」による日本人の個人が保有する海外資産は約3兆円とのこと。もちろん申告しているのは一部の富裕層と考えられますので、実際にはその数倍の資産が海外に移転しているものと思われます。申告漏れとなっている税金は数百億円にのぼるといわれています。

このように税務当局が必死になって国内での課税を強化しようと税制を改正しても、国外への財産移転や海外移住を「禁止」することはできません。

水は必ず高いところから低い所へと流れていきます。日本人の財産が国内から税金の安い海外に流出していくのを、留めることはできないでしょう。

財産をもって国外に移住する富裕層あるいはプチ富裕層の数は、近年ますます増加しています。人気は、かつてはシンガポールでしたが、狭い国土のシンガポールはそろそろ受け入れ人数に制限を設けているようです。

今はタイやマレーシア、フィリピンなどの東南アジア諸国が、同様の外国人富裕層の誘致をすすめており、しかもシンガポールに比べるとかなり物価が安いため人気が出ています。

ちなみに老後海外に移住をした場合でも日本の年金はちゃんと受け取ることができます。ただし源泉所得税(20.42%)は天引きされますが。

唯一の心配は病気の時です。公的な健康保険制度は、どこの国も日本ほどに整備されていません。万が一のためには民間の保険会社の医療保険を買うしかありませんが、加入年齢によっては保険料が高くなるため、海外旅行保険を利用するのがはやりのようです。

富裕層の誘致に積極的なフィリピン(左)、タイ(中)、マレーシア(右)