地方発!世界で活躍する会社香りとうま味が魅力の「宗田節」、
香港・中国でファン増殖中!

土佐食株式会社[高知県]

高知県土佐清水市

代表取締役 平林 大昌

TEL. 0880-85-1515

URL. http://www.tosashoku.co.jp/

編集工房リテラ◎田中浩之

買い物客で賑わう香港のスーパーマーケット。日本人の男が流暢な中国語を操り、おもしろおかしく口上を述べながら実演販売をしている。「さあ、食べてみて」。男に促されて、子供が試食品を口にすると、目がクリクリッと大きくなった。「どうしたの?」と問いかけるママに、「おいしい!こんなの食べたことがない!」。親子のやり取りを見て、男は“してやったり”とばかりに笑った。

この日本人は高知県土佐清水市の第3セクター、土佐食の営業部長、細井直樹。楽しげな実演販売で売っていたのは、同社の「宗田屋 卵焼だし」を使って焼くだし巻き卵だ。卵3個とだし1パックを混ぜて焼くだけで、簡単においしいだし巻き卵を作ることができる。卵焼だしに使っているのは、土佐清水市が生産量の約8割を占める宗田節。ソウダガツオという、カツオに似る小振りな魚が原料で、そのだしは鰹節よりもさらに香りが高く、うま味も強い。

「宗田節のだしを使った卵焼きなんて、現地では誰も食べたことがない。ここに新しい価値観、ビジネスチャンスが生まれたんです」

こう話す細井は京都のおばんざい屋の息子で、12年前に縁あって土佐食に入社。今では海外戦略を一手に引き受けている。この細井の奮闘により、土佐食は香港・上海などのデパートやスーパーマーケットでの定番採用に成功。さらに現地の代理店と組んで、だし巻き卵専門レストランもオープンさせた。漁師町の小さな第3セクターが、どのようにして、こうした成功を収めたのだろうか。

特産品を開発する第3セクター

土佐食の事業は1989年、地元商工会の重鎮である初代社長・平林靖宏と、県の工業技術センター職員で、食品開発の専門家である二代目社長・野村明(現会長)の二人三脚で始まった。狙いは土佐清水市ならではの特産品の開発だ。

二人は「土佐清水市の魚」でもあるソウダガツオに着目。当時、ソウダガツオは宗田節にしか利用されていなかった。しかも、節に適しているのは脂の少ない時期で、味の良い脂ののった旬のものは使えない。そこで、年間通して有効利用しようと、ゆでて焼いた軟らかい鰹節タイプの「姫かつお」を開発した。

「当初、ソウダガツオの地位は低く、市内では“こんなもん、誰が買うぞ”と相手にされなかったそうです。風向きが変わったのは、高知市の土産物店が置いてくれるようになってから。観光客に人気が出て、評判になっていったといいます」

姫かつおの開発後、業績は順調に推移。雇用の受け皿になってほしいとの地元の思いから、1993年に第3セクターとしてスタートした。その後、姫かつおがペットフード業界から注目され、OEMとして製造開始。この分野が一気に伸びて、会社の大きな柱になっていく。

この商品だけやと、無理や…

土佐食の海外進出に向けたキーマンは、当初から細井だ。もっといえば、細井の個人的な思いが会社を動かしたといっていい。

「ぼくの祖父が小学校の元校長で、中国の歴史が大好きでした。中国は素晴らしい国や。お前も日本で満足するな、とよくいわれていたんです」と細井が振り返る。10代の頃は聞き流していたが、「8年ほど前、土佐食のお客様が中国に工場を稼働されていて、見学に行ったんですね。そしたら、必死に頑張っている中国人を見て、そのパワーに圧倒されて…。これは聞いていた通りや、いつかは中国で仕事をと決意しました」

その後、東京出張のたびに、中国語や中国経済について、専門家に個人レッスンを受けるなど、中国進出に向けて着々と準備を重ねる。初の海外チャレンジは2012年、香港で開催されたアジア最大級の食品・飲料展示会「FOODEX」。ブースを構えて、メイン商品の姫かつおを全面的にアピールした。

「想像以上に好評でした。お客様がいっぱい来て、こーんなに名刺をいただきました」と、細井は手の平をテーブルから10センチ以上も上にかざす。土佐食の海外進出は絶好のスタートを切る……かと思いきや、「その3日後に尖閣問題で日中が大もめになって、反日デモですよ。イオンが焼き討ちになっているところにも遭遇しました」と商談のすべてが白紙に戻ってしまった。

反日騒動で逃げるように帰国しても、中国に向ける細井の熱意は変わらない。その半年後、細井は香港のそごうで開催された「高知フェア」の会場にいた。ここでも、姫かつおは人気を集めた。しかし、たまたま同郷ということで懇意になった現地の代理店社長に「でもな、これだけやと無理やで。続かんな」と言われてしまう。現地の動向を熟知する、信用のおける人物の見立てだった。だが、土佐食には当時、ほかに目玉となりそうな商品はなかった。

「誰でも使える」が成功の鍵

海外で柱となり得る画期的な商品。その誕生のきっかけは、「会社の将来を考えると、新しい商品が必要だ。そのアイデアを出せ」という野村社長の社員への呼びかけだった。これに呼応したのが細井だ。野村社長は時折、宗田節のだしでだし巻き卵やうどんを作り、社員にふるまうことがあった。このだしを商品化できないかと考えたのだ。

「最近、白だしがはやっていますよね。でも、料理が得意やない人は、白だしでだし巻き卵なんか作れんのですよ。だから、誰でも使える手軽なだしがあればええなあ、と考えました」。この細井の発想を、野村が見事に具現化し、「卵焼だし」が完成。ダメ出しを出された香港の代理店社長に、細井は早速連絡を入れた。

「だし巻き卵を実演販売させてください。ただの試食販売やありません。ぼくはおばんざい屋の息子なので、料理もちゃんと作れますから、だしと一緒に、だし巻も売ります」という細井の提案に、「それはおもろいわ」という声が返ってきた。海外再挑戦の方向性は決まった。

まず、香港のそごうで実演販売。食文化的に馴染みのない良い香り、調理のおいしそうな音に誘われて、大勢集まってくる。評判が他店に伝わり、ヤタデパートやアピタからも声がかかった。どの店でも常時、少なくても7、8人は客が並ぶという大人気だ。細井の狙いは当たった。並行して上海にも営業をかけ、高島屋をはじめ、8店舗のデパートやスーパーと取り引きするようになった。

さらに、香港のイオンからは集客力を高く評価され、昨年9月、「宗田屋」の屋号で、だし巻き卵専門レストランをオープン。今年8月には香港のヤタデパートに「麦玉子」という二号店を出した。

「ここまで来られたのは、好きにやらせてくれる理解力のある経営者と、共に考えアドバイスをくれた香港の代理店社長、中国語の先生のおかげです。でも、まだまだ成功とは思っていませんよ」と細井。「だし」シリーズは「宗田屋」のブランド名で、「おでん」「丼たれ」などの商品が増殖中だ。宗田節ならではのうま味と香りを手軽に味わえる商品として、これらの人気も高まっていくに違いない。(敬称略)