本田雅一のスペシャルレポートこの秋リリースのiOS11で飛躍
生誕8年。生まれ変わる「iPad」

ライター:本田雅一(フリージャーナリスト)

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移ろいやすいデジタル製品市場のトレンドだが、今年、もっとも(筆者が個人的に)注目しているのは「iPad Pro」だ。タブレット端末の市場の伸びは大幅に鈍化、あるいはマイナス成長となっている。そんな中で、なぜiPad Proなのか?

そこにはアップルへの期待感がある。

アップルは今年、タブレットのシンプルな使い勝手をそのままに、パソコンに近い“知的生産ツールとしての機能性・作業性の高さ”を実現しようと、大幅な改良を加えようとしているからだ。

新型iPad Proはすでに発売済みだが、ハードウェアに加えてこの秋にリリース予定の「iOS11」でタブレット市場の拡大に挑戦する。

ハードとソフトのすべてを掌握

アップルの製品は独自に開発したハードウェアと、同じく独自開発の基本ソフトの組み合わせで様々な機能を提案している。このため基本ソフトの大幅改良で新しい機能や使い方を提案できる。

この点は他のコンピュータ製品と大きく異なる部分だ。マイクロソフトがすべての機能を決めているWindowsはもちろん、メーカーの独自性を比較的出しやすいAndroid端末であっても、新しい機能を独自に実装することは難しいからだ。

例えば世界で最も多くのAndroid端末を販売しているサムスンが独自機能を入れたとして、次のAndroidでよく似た基本機能が追加されれば追従せざるを得ない。また大元のAndroidに手が加えられる度に、自社向け端末の独自機能と整合性を取っていかねばならない。

一方、アップルはハードウェアとソフトウェアのすべてを掌握しているため、例えば「AirPlayの機能を強化したAirPlay 2を発表」すると、新しいアップル製基本ソフトが動くすべてのハードウェアでAirPlay 2が動作するという具合に、一気に使い勝手を変えることができる。

しかもアップルの基本ソフトは、過去に発売されたハードウェアとの互換性が極めて高く、iPhone/iPadで使われるiOSの最新版、iOS10の普及率は8割を超える。

この数字はここ何年も安定しており、今年秋にリリースのiOS11も来年までには8割近くのiPhone/iPadにインストールされるだろう。

この数字は、実はアプリ開発にも大きく影響する。Androidの場合、最新版の7.2どころか、4.xや5.xといった数世代前のままアップグレードされていない端末が多数存在する。中には2.xのままという端末もあるため、アプリ開発者は最新版の機能を積極的に活用しにくい。

しかしiOSデバイスならば、積極的に新機能を活かしたアプリ開発が行えるわけだ。例えばiOS11で追加される新機能もそうで、ハードウェアの能力ごとに使える機能やパフォーマンスは異なるものの、そうした違いはiOS11側でハンドリング。アプリ開発者は最新版の機能を活かした設計をしておけば、あとはユーザーが持っているハードウェアごと最適な状態で動作する。

macOS並みの操作性に進化

さて、Androidに対してそんな優位性を持つiOSが、iPadだけをターゲットにした改良を加える。しかも、改良・追加機能の多くは既存のiPadでも動作するが、今年のiPad Proには新しいiOSを受け入れるための仕込みも施された。

全体に複数アプリを組み合わせて使ったり、パソコンのように書類(ファイル)を直接ファイラーで扱う方法が提供されたり、多様なネットワークストレージにiOS11を通じアプリから簡単にアクセスできる手段を用意するなど、macOSでしかできなかった操作を許すようになった。

“許すようになった”というのは、これまでシンプルさを重視するため、iPhoneとほぼ同じように“書類を直接扱うこと”に制約を設けていたからだ。これが作業の自由度を奪っている側面もあったが、タッチパネルですべてを操作するために必要なことだとアップルは考えたのだろう。

しかし、iOS11の組み合わせでは、複数アプリの連携をタッチパネルだけで自在に行えるようになっている。macOSに似たアプリケーションランチャーの“ドック”をタップすると、各アプリの小画面がポップアップ。分割表示時用の狭画面表示レイアウトが表示される。

この他、タッチパネル上で複数アイテムを選択し、ドラッグ&ドロップで他アプリへとデータ/ファイルの引き渡しを行えるほか、前述のポップアップしたアプリのウィンドウから画面分割表示へと簡単に移行することもできる。

さらに分割表示、全画面表示含め、ホーム画面に遷移してから他のアプリで操作を行った後も、画面レイアウトやアプリの履歴が残り、タスク切り替え画面で往来が可能だ。

例えばある画面はTwitterを小さく表示しながら、その横で文書を入力。ある画面はウェブブラウザのSafariで、その横に小さなメモ用のウィンドウを……あるいはメールやiMessageを表示……といったように、利用パターンに合わせて組み合わせが保存されていき、それらを選ぶだけで同時利用するアプリを一気に呼び出せる。

しかも、写真やURL、各種ファイルなどをドラッグしたまま、上記タスク切り替え画面に遷移させると、縮小表示される画面へとドラッグしてホールドすることでタスクが切り替わり、アイテムをアプリに対してドロップできた。

文章で書くと複雑に見えるが、操作の雰囲気をつかめれば、むしろマウスを用いたmacOSの操作よりもシンプルだ。

8年を経て生まれ変わる「iPad」

加えて、9.7インチ版に代わって新たに設定された10.5インチ版iPad Pro(発売済み)のサイズ感が実にちょうど良い。少しばかり大きくなったことで、画面カバーとスタンドを兼ねるオプション製品smart keyboardのキーレイアウトに窮屈さがなくなり、Macbook同等となったほか、日本語JIS配列版も用意されている。同じく新モデルが用意された12.9インチ版にも日本語配列キーボードが追加されている。

新しいiPad Proに搭載されたA10Xプロセッサは、10時間というiPadの不文律となっているバッテリー駆動時間をクリアしながら、プロセッサを強化することで軽快な動作を実現している。中でも40%の高性能化を果たしたGPUは、それを活用した画像や動画、音声を扱うアプリが増加していることもあり、より高精細な写真を扱うアプリもサクサクと動作する。

iOS11はパブリックベータ版という、一般公開用のテスト版がすでにリリース済みで試すことが可能だ。実際に使うとかなり多くの作業を、iPadだけでこなせるようになっていることが分かる。現在はiOS11のお試し……にとどまっているが、iOS11の特長を活かしたアプリが登場するであろう秋口になれば、さらに高い作業性が実現されるだろう。

およそ7年半前、2010年1月に初代iPadが発表された際、当時のCEOだったスティーブ・ジョブズ氏はiPadをウェブサービスにシンプルにアクセスするための窓として紹介した。当時、Windowsプラットフォームではネットブックというカテゴリが、廉価なウェブサービスアクセス端末と市場に解釈されて日米欧でも販売数を伸ばしていた。

当時、ジョブズ氏が話していた「正解は(ネットブックではなく)iPadだ」という言葉は、単に性能の低いノートパソコンを安価に売ってもイノベーションにはならないことを示したもの。その後、急速にタブレット市場が定着したことを考えれば正しい目を持っていたといえよう。

しかし、利用シナリオごとにアプリで実装するスタイルのiPadでは、高性能化を進めても、パソコンほどの高い作業性は得られないのも自明だった。8年近い年月を経て、アップルはiPadを再び生まれ変わらせようとしている。果たしてiPadはタブレット端末の閉塞感を打ち破ることができるだろうか?

このアップルのチャレンジが成功を収めれば、Surface Proをはじめとする2-in-1パソコン市場にも刺激を与え、コンシューマ向けパソコンに代わる新しい商品ジャンルが生み出されるかもしれない。