地方発!世界で活躍する会社進出困難なベトナムで和菓子製造
誰もやらないオンリーワンを目指す!

市岡製菓株式会社[徳島県]

徳島県徳島市勝占町中山39-12

代表取締役 市岡 通裕

TEL. 088-669-3203

URL. http://www.ichioka-seika.co.jp/

「DORAYAKI」が大人気に!

 昨年来、ベトナムのコンビニで、「DORAYAKI」が爆発的な売り上げを示している。柔らかいパンケーキ風で、中には餡子ではなくクリーム。日本の「どら焼き」をそのまま提供するのではなく、現地の好みに合わせてローカライズした点が人気の秘密だ。加えて、ベトナムでもファンの多い「ドラえもん」をパッケージに使用したことも奏功した。

 現地で製造しているのは、徳島市に営業・開発本部を置く市岡製菓。「どら焼き目当ての客が押し寄せて、コンビニ自体の売り上げが驚くほど増えたそうですわ」と市岡通裕社長は相好を崩す。

 市岡製菓は1949年、先代社長の市岡友三郎がかりんとう工場を造ったのが始まりだ。市岡は大学卒業後、名古屋の製菓会社に3年ほど勤めてから入社した。その頃はまだ町の小さな菓子工場で、従業員はわずか4、5人。市岡は営業を担当し、かりんとうの詰まった見本箱を下げて、全国の問屋を回ったのだが……。

 「相手にされず、まったく売れなかった。かりんとうが、よう売れていた頃とは消費者の嗜好が大きく変わったんですわ。かりんとうとはまったく違う味わいのスナック菓子が好まれる時代になりましたから。これはあかんかな、と思いました」

 今のビジネスモードでは立ち行かなくなる。市岡は入社早々から、窮地に立たされた気分になった。

大手が敬遠する半生菓子で勝負

 市岡は問屋から、とても熱心で真面目な営業マンと思われた。というのも、ただ売り込みを図るだけではなく、商品が積み上げられた倉庫に入って、荷出しなどの力仕事も手伝ったからだ。実は、これは市岡のひそかな「市場調査」だった。

 「倉庫を見たら、問屋さんが何を売りたいのか、どこから仕入れているのか、どんなものがどこに売れているのか、そういったことがすべて分かるんですわ」と市岡は明かす。全国の菓子の売れ筋を分析する中、「とにかく、かりんとうだけではあかん」と確信するようになった。

 では、消費者の嗜好に合い、小さな菓子工場でもできる新たな商品は何か。市岡の出した結論は、生菓子と干菓子の中間で、ある程度日持ちのするどら焼きのような半生菓子だった。「半生菓子は傷むのが速いもんで、大手メーカーが手を出しづらいんですわ。かりんとうのような固い菓子と比べたら、マーケットがずっと開けとったから、これやと思った。カンですわ」

 市岡は1987年、35歳の時に社長に就任。商品開発と工場の自動化に取り組み、2年後には「あん巻き」という菓子の製造ラインを導入した。鉄板の上で生地を薄く焼き、餡子を丸めるシンプルな半生菓子だ。「手間がかからず、製造ラインも大してお金がいらんのですわ。これがよう売れた」と市岡は笑顔で振り返る。

六次産業化で個性的な商品開発

 市岡製菓はかりんとう作りの職人集団から脱却し、菓子メーカーとしての道を歩む。市岡が次に導入したのは、どら焼きの製造ラインだ。当時、製造直売ではなく、問屋経由で広く流通するタイプのどら焼きには、ミニサイズしかなかった。市岡は日本で初めて、問屋を経由する大きなサイズのどら焼き作りに取り組む。これが、あん巻き以上に当たった。

 他に競争相手はいないから、作れば作るだけ売れるというヒット商品だ。このどら焼きに特化し、製造ラインをどんどん増やしていくという戦略も考えられた。しかし、市岡はその方向性には進まなかった。

 「専門店を開いて、作ったものを直接売ってみたいという願望があったんですよ。でも、どら焼き専門店って、なんかパッとせんでしょう。だから、品揃えを増やしていく道を選択しました」

 新たな商品開発に役立ったのは、市岡が「これが趣味道楽」という地域おこしだ。以前からボランティアのような姿勢で、県庁の職員と共に山間部を巡り、地域振興を模索してきた。そうした中、「山間部で芋が余っとる、買うてくれへんか」と持ちかけられる。

 この芋を使って、「鳴門金時スイートポテト」という新商品を開発。これが毎年200万個を販売するという、市岡製菓最大のヒット商品となる。加えて、全国的には無名だった「鳴門金時」を地域ブランドに押し上げるという大きな波及効果もあった。

 鳴門金時スイートポテトの成功により、徳島ならではの素材を使った商品作りが市岡製菓の柱となった。甘酸っぱさが特徴の「阿波やまもも」、強い香りが持ち味の「木頭柚子」、スッキリした後味の「仕出原のはっさく」……。これら「生産者の顔が見える素材」を使って、次々に新たな商品を開発。産地と一体となって付加価値を高める「六次産業化」を推進していった。

 「ちょうど、ローカルブランドが注目され、認められるようになった時期に重なった。地方の弱みだったところが、時代が変わることによって、逆に強みになったんですわ。まあ、ついとるんですね」

 もちろん、単なるツキではないことは、市岡の揺るがない歩みを見ればわかる。

誰もやらないから、やる!

 念願だった直営店も、「なると金時の美味しいお店 あとりえ市」などをオープン。工場見学ができる観光客向けの施設も設けた。市岡の入社当時とは、まったく異なる会社に成長した市岡製菓。ここ数年の動きで、特筆されるのが海外戦略だ。

 「12、3年前から海外に目を向けており、2015年からベトナムで本格的に取り組んでいます。海外進出はイノベーションの一環ですわ。新しいことに挑戦することによって、組織は活性化するんです」と市岡はその意義を語る。

 同じ東南アジアでも、すでに隣国タイには菓子メーカーが数多く進出している。しかし、ベトナムではなぜか例がなく、市岡製菓が初めてのケースだったという。

 「ベトナムは法律が厳しく、参入障壁が多くて、みな敬遠してきたんですわ。だからこそ、ブランドを作れるかなと考えました。ナンバーワンよりオンリーワンて言葉があるけど、強い相手とケンカしたら負けるんですよ。オンリーワンで、誰もやらないことをやるのが、生き残りの策かな」

 あえて進出困難なベトナムに、現地法人・市岡ベトナムを設立し、ホーチミン高島屋に「あとりえ市」を出店。さらに、地元のコンビニなどでも取り引きが始まった。

 「そろそろ、次のステップを考えようと思っとります。ベトナムでも安心、安全なものを食べたいという時代になるでしょうから、HACCP(ハサップ)も取りました。別働隊が他の国も探っており、ハラール認証も取得しています。東南アジアだけやなしに、これは夢の夢で、次世代の話やけど、アメリカにもね。その頃、わし、息してないけど(笑)」

 ブレないオンリーワンの戦略にこだわる市岡製菓。その前には、踏み跡のないまっさらな道が伸びている。(敬称略)