知ってトクする「年金講座」基礎の基礎第3章:老後の年金の詳細⑧
繰上げ・繰下げを考える(最終回)

 前回は、年金の「繰上げ」と「繰下げ」という制度の概要を紹介したが、今回は、「繰上げ」と「繰下げ」をどう捉えたら良いのか、もう少し深く考えてみたい。

繰上げ・繰下げが「損」となる場面

 まず、「繰上げ」と「繰下げ」の双方について、「損」をする場面と「得」をする場面を考えてみよう。

 「繰上げ」は長生きをすると「損」、早死にすると「得」である。具体的には、繰上げ受給してから、16年8カ月目までに死ねば「得」またはトントンで、16年9カ月より長生きすれば「損」をする。

 一方、「繰下げ」はその逆で、長生きをすれば「得」であり、早死にすれば「損」である。具体的には、「繰下げ受給」してから12年までに死ねば「損」またはトントン、12年以上生きれば「得」をする。

 「繰上げ」は、「損」をする場面では生きている。繰上げ受給した人が後悔する場面では、その人はまだ生きていて生活費が必要だ。逆に、「繰下げ」をして「損」をする場面では、その人はすでに死んでいる。後悔する場面は「天国」でもう生活費は必要ない。

「長生き保険」という考え方

 老齢年金は「終身年金」であり、「終身年金」とは生きている限り支給される年金だ。老齢年金とは、老齢により働けなくなり所得が無くなるという事態に対応する「保険」だが、「終身年金」という面に着目すれば「長生き保険」という見方も可能である。

 貯金などの資産は、使えば減っていき、最後には無くなってしまう。生きている限りお金は必要なので、言い換えれば、長生きするほど目減りし、無くなってしまう場面でまだ生きているということも考えられるわけだ。

 しかし、老齢年金はどれだけ長生きしても生きている限り支給されるので、目減りするということがない。そういう意味で、老齢年金には、「長生き保険」というべき機能があると考えることができる。

 「繰下げ」は「長生き保険」という機能を高め、逆に「繰上げ」はその機能を低めるわけだから、原則論としては、「繰下げ」の方が合理的であるとはいえるだろう。あとは、その人の健康状態や哲学の問題である。

繰下げ対象とすべき年金

 「繰下げ」すべき年金は「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」のいずれが良いだろうか?

 原則論をいえば、女性の場合は、男性に比べて平均寿命が長いので、「損」するリスクを考慮するより、「長生き保険」の機能を高める方に留意すべきと思われるので、どちらの年金でも、両方繰り下げても良い。ただし、このことは、独身女性、または夫よりも「老齢厚生年金」が高い女性の場合にのみ当てはまることだ。

 既婚女性で、夫の方が老齢厚生年金が高い女性に関しては、夫婦の年金の「第3ステージ対策」という捉え方をする必要があり、当然「老齢基礎年金」がその対象となる。もし、「老齢厚生年金」を繰り下げて増額しても、将来、夫が亡くなったときには、「遺族厚生年金」と相殺されるので無意味になるからである。

 一方、男性は女性より平均寿命が短いので、「繰下げ」が「長生き保険」としての機能を高めるという点で合理性があるとはいえ、「損」する場面も考慮した方が良いと思われる。どちらも繰り下げないということでも良いが、繰り下げるとしたら、片方だけを繰り下げることで「損」をするリスクをヘッジしつつ「長生き保険機能」を高めるという方法が賢明だろう。

 では、男性がいずれかの年金を繰り下げる場合にはどちらが良いか?

 夫の死亡による「遺族厚生年金」は、夫の「老齢厚生年金」の3/4の額になる。それならば、夫が「老齢厚生年金」を繰り下げて増額すれば、将来自分の死後に妻が受給する「遺族厚生年金」も増えるかといえば、そうはならない。繰下げによる増額は、あくまでもその本人に支給される「老齢厚生年金」に留まり「遺族厚生年金」には及ばないのである(ちなみに繰上げた場合でも、減額はあくまでも繰り上げた本人の年金「老齢厚生年金」までで、遺族厚生年金には及ばない)※1。

 また、「老齢厚生年金」の繰下げの場合は、「加給年金」との関係で「損」をする可能性が高くなる。

 「加給年金」は、妻が65歳になるまでの有期年金であって、あくまでも本体である「老齢厚生年金」に加算される年金である。そして繰下げの増額の対象外である。「老齢厚生年金」を繰り下げれば、繰り下げている期間は「加給年金」も支給されなくなり、繰り下げている間に妻が65歳になってしまうと、結局支給されなくなって終わってしまう。

 したがって、少なくとも、加給年金が支給される男性は「老齢厚生年金」は繰り下げるべきではなく、繰り下げるとしたら、「老齢基礎年金」ということになる。

繰下げが可能な状況を作る

 年金を繰り下げる場合、繰り下げている期間は(繰り下げ対象の)年金は受給できないのだから、それに代わる収入が必要だ。一般的な夫婦で、妻が「老齢基礎年金」を繰り下げる場面を考えてみよう。

 「老齢基礎年金」の月額はおおよそ6万数千円だから、繰下げ期間中は、夫婦のいずれかに、これに変わる公的年金以外の収入が6万円前後必要ということになる。

 一方、妻が「老齢基礎年金」を繰り下げる場面は、繰下げ期間は妻の年齢65歳からの最低1年以上ということになる。一般的な夫婦では夫が年上という夫婦が多い。そういう夫婦では、妻が繰下げをしようとする年齢では、夫は65歳をかなり超えた年齢である。したがって、夫には会社員としての収入はないと見ておく必要がある。

 ではどうするか?

 月6万円程度であれば、妻がパートで働くという方法もあるが、夫婦のいずれかに、公的年金以外の年金が6万円程度支給される状況を作っておくという方法もある。「公的年金」以外の年金とは、例えば、企業年金、「個人型401K」、民間の保険会社の「個人年金」などが挙げられる。これらの年金は「有期年金」であることが多い。

 これらの年金は、繰下げをする妻自身でなくても、「妻が老齢基礎年金を繰り下げる期間」をカバーできればよい。公的年金以外の「有期年金」を使って、「終身年金」である「老齢基礎年金」を繰り下げ、結果的に「長生き保険」の機能を高めるという選択肢もあるということである。

※1)厚生年金の年金額は下記の計算式で算出される。
●老齢厚生年金の場合:①平均標準報酬額(加入期間中の給与、賞与の平均月額)×5.481/1000という計算式。
●遺族厚生年金の場合:②配偶者の平均標準報酬額(加入期間中の給与、賞与の平均月額)×5.481/1000×3/4。
老齢厚生年金を繰り上げた場合は、①の計算式×減額率、繰り下げた場合は①の計算式×増額率
繰り上げでも繰下げでも遺族厚生年金の②の計算式には影響はない。

※2)『知ってトクする「年金講座」基礎の基礎』は今回をもって、ひとまず休載とさせていただきます。長い間のご購読をありがとうございました。

渋谷康雄(しぶや やすお)
社会保険労務士 / 昭和32年生まれ。社会保険労務士。明治大学卒業。平成13年「渋谷社会保険労務士事務所」開業。平成18年「特定社会保険労務士資格」取得。得意分野は公的年金・65歳までの継続雇用制度構築・高齢者賃金設計・就業規則・個別労働関係紛争の相談等(年金、社会保険、労働法に関する分野)等。他に講演やセミナー講師、テレビコメンテーターなどとしても活躍。主な著書に「60歳からの年金・健保・雇用保険・税金の判断基準」(平成25年三訂版、日本法令)、「ケース別サラリーマン夫婦の年金がわかる本」(平成26年、日本法令)がある。
URL: http://yasuo-shibuya.main.jp/