福島敦子のアントレプレナー対談ニーズに即応したひな人形で
若い母親から“圧倒的な支持”

株式会社ふらここ 原 英洋氏

株式会社ふらここ(東京都中央区東日本橋3-9-8 furacoco house)

株式会社ふらここ
●創業:2008年
●社員数:23名(2018年5月1日現在)
●売上高:5億円
●所在地:〒103-0004 東京都中央区東日本橋3-9-8 furacoco house
●事業内容:雛人形・五月人形を中心とする日本人形の製造販売
●資本金:5,000,000円
●HP:http://www.furacoco.ne.jp/

赤ちゃん顔のひな人形

福島少子化が進む中、ひな人形や五月人形はマーケットが縮小し、厳しい環境と聞きます。そんな中、御社の人形は毎年完売し、売り上げも二桁成長が続いています。なぜ、これほどの人気なのでしょうか?

はい。私どもが製作しているのは、丸い赤ちゃんの顔をした可愛いお人形です。しかも幼稚園の女の子の、手のひらサイズ。非常にコンパクトです。それが今の若いお母様にとても好評でして、それで売り上げを伸ばさせていただいています。

ひな人形や五月人形は、生まれたばかりの子どもに買い与えるもの。一昔前までお人形を選んでいたのは、その祖父母でした。可愛い孫のために「こんなに豪華なものを買ってあげた」と誇示する必要がありましたから、必然的に大きなものが主流。

しかもそうした方々には、細面の大人びた美しいお顔の人形が好まれていたのです。

しかし、今は若いお母様が直接選ぶようになりましたので、選ぶお人形も買い方も、まったく変わってきました。私どものお人形は赤ちゃん顔で小さくて飾りやすく、片付けやすい。それが若いお母様に好まれているということなのです。

福島そうしたニーズは、どこからくみ取ることができたのですか。

私は独立する前に、両親が経営する人形店で売り子としてお客様と対面していました。その時に、だんだんと若いお母様が主導権を握ってきたことを肌で感じていました。

その当時、私の祖父が製作していた人形の作風がわらべ顔で、中にはとても可愛い人形もございまして、そういったものに若いお母様が大変興味を示されました。これからはこういうお人形が若いお母様に好まれるだろうということを、お客様と対面しながら感じていたのです。

そのことをストレートに職人に伝え、「こういうお人形を主流に作ってほしい」と、可愛くてコンパクトなものを提案したのですが、当時はまったく受け入れられませんでした。「そんな顔を作ったら、人形の品がなくなる」と。

福島そこで今のニーズに合ったお人形を作りたいということで独立されたのですね

実はふらここブランドは、両親の会社で第2のブランドとしてスタートする計画だったのです。

しかし真っ向から反対されました。「原孝洲というブランドがありながら、そんなおもちゃみたいな人形を作らなければいけないのか」と受け入れてもらえませんでした。

「だったら自分で作ってみたいから独立したい」ということを両親に提案しました。親としてみれば、すぐに失敗して戻ってくるだろうという思いだったのだと思います。

福島お店で接客をされていた時に、若いお母様から「両親からもらったひな人形を返品したい」という電話を受けられたそうですね。

そのことが、人形業界の危機を感じる出来事だったというエピソードを拝見しました。

とてもインパクトのある出来事でした。たまたま私が受けたのですが、若いお母様から注文をキャンセルしたいといわれたのです。それで「いや、お客様。これはおじい様、おばあ様がお孫さんのために贈られたお祝いものです。それをキャンセルされてもいいのですか?」とおうかがいしたら、「だっていらないから」と平然といわれてしまいました。

そんなことが同じシーズンに2回立て続けに起こり、すごくショックでした。「いらないものはいらない」ということを、現実として突きつけられましたので、「これはまずいな」と思いました。

人形業界の商習慣に疑問

福島今は人形の全てを一人の職人さんが作るのではなく、顔は顔、体は体という分業になっているそうですね。

そうです。昔は住み込みでお師匠さんのところに弟子入りをすることが当たり前でした。

しかし今は学校を卒業して、就職してから技術を覚える人たちがほとんど。会社側も給料を払いながら技術を覚えてもらわないといけないので、何年もかけて技術を習得してもらうような余裕がないのです。ですから、今は限りなくパーツごとに分業になっています。

福島原社長は今の人形業界が顧客のニーズをくみ取っていないという問題意識と共に、パーツ・パーツをお店が購入をして組み合わせて販売していることにも問題意識を感じていらっしゃったのですよね。どこの店の人形も似たり寄ったり。個性が乏しいと。

はい、感じていました。人形本体の製作で、パーツ毎に職人さんが分かれるだけでなく、小売店はもっと大きなくくりで個別に仕入れています。人形だけでなく、周りの飾り台屏風やひな道具、ぼんぼりや花飾りといったもう少し大きなくくりでのパーツを、それぞれ別々の職人さんから仕入れるのです。

それらを組み合わせて自社ブランドとして販売しています。最終的な組み合わせは違うのですが、人形や飾り台屏風、花飾りやひな道具などは、各店が同じものを使って組み合わせを変えているだけなのです。

そのため、お客様は人形店を何店か巡るうちに、「この人形、どこかで見たな」とか、「この屏風の絵柄、どこかに飾ってあった」ということに気がつかれる。そして次に、「でも、なぜこんなに価格が違うのだろう」と思われるわけです。

福島たとえ仕入れ先が同じでも、価格はかなり違うのですか。

違います。価格は店毎に決めていますので、同じように見える人形が片や30万円、片や20万円……。

店にしてみると、最終的には「この価格から20%お値引きします」という値引き販売をする。そのため、もともとの値付けが高いのです。

福島値引きを前提にした価格設定ですね。

はい。ですから、お値引きが非常に厳しいお客様には、例えば20%お引きする。でも、お値引きの話をされないおとなしいお客様には、正札どおりに販売するということが普通に行われていました。

そういうやり取りを何度も目の当たりにするうちに「これはおかしい」と思いました。本来はお祝いもので気持ちよく買っていただかなければいけない商品なのに、中には気分を害して帰られてしまうお客様もいらっしゃったからです。

そのため、私どもでは最初から適正なプライスを設定し、値引きは一切していません。値引きなしで販売している人形店は、全国でも私ども以外にはいないだろうと思います。

コンパクトサイズの意味

福島お顔だけではなく、着物の柄や色、そして全体のサイズなどでも、今の若いお母様のニーズに応える工夫をされているのですか?

はい。例えばサイズですが、よりコンパクトにしています。今の平均的なサイズは、女びな・男びなの親王飾ですと、横幅が35センチ程度、奥行きは30センチ以内です。一般的なサイドボードやタンスの奥行きは、約30センチが主流ですので、そのスペースに飾れるひな人形、五月人形としてサイズを企画しています。

また、コンパクトであることの大きな意味として、毎年飾りやすいということもあります。一昔前はおじい様、おばあ様が同居をされていたり、ご家族も多かったですから、飾り手がいっぱいおり、皆で手分けをして飾ることができました。

今は完全に核家族なので、たいていは若いお母様が一人で飾りつけをされる。一人でも簡単に飾れ、子どもがある程度成長したら一緒に飾って楽しめるということが、とても大切な要素だと考えています。

福島今のお話をうかがっていて思い出しました。私の実家でもかつて桃の節句の季節になると、母が押し入れから大きなひな人形セットを出してきて、大変な思いをしながら飾ってくれました。

ちょっと大きくなってからは私も手伝って、それはそれで、子どもなりには楽しかったのですけれども。やはり毎年苦労しながら飾っては片付けていたなということを思い出しました。

昔は良かったのかもしれません。今のようにそんなに楽しみも多くなかった時代には、一つのイベントとして多くのお客様が親しんでくださったのだと思います。

しかし今は、他にいくらでも楽しみがありますし、やはり短時間で飾れて楽しめる。そういう利便性というのも、これからのひな人形にとっては、とても大切な要素ではないかなというふうに思います。

時代に応じた変化の重要性

福島御社のビジネスモデルの成功は、これまでの人形業界に一石を投じるような大きな変化をもたらしたのではないかと思います。その辺はいかがでしょう?

今、私どもの人形を見て、お客様は“新しい人形”という認識を感じてくださっています。その一方で、「伝統的なお人形でなくても、いいのですか?」とよく聞かれるのですが、それには大きな誤解があると思います。

ひな祭りには、千年を超える歴史があります。しかしながら、その千年を超える歴史の中でも、さまざまに形や風習が変わってきているのです。その時代その時代に変化をしてきたからこそ、今も続いているのです。

ところが、伝統ということで錯覚するのだと思いますが、「今、市場にあるものが、千年前からずっと続いてきたもの」というふうに、多くの方々が誤解されています。ひな祭りはその時代その時代に受け入れられる変化を遂げて、さまざまに形を変えてきたからこそ、今があります。

今、一般的に飾られている人形の形式が決まったのは、実は明治に入ってからです。本当はこんなに歴史の浅いものが、今は伝統になっているのです。そして今また、その節目にきているのだと思います。お客様がおじい様・おばあ様から若いお母様に変わったりとか、好みが変わってきているとか。

私どもが今ご提供している可愛い小さなお人形が、これから100年続いたら、100年後の人たちは「これが千年続いてきたひな人形だ」と間違いなく思っていると思います。そういう変化を作り出していくことが、私たち伝統を守る人間の務めだと思うのです。

ひな祭りは今、初節句、生まれてすぐのお祝いをメインに考えられていますけれども、初節句というのは昔からあった風習ではありません。初節句が定着したのは江戸時代の末期です。それまでは女性、老若かかわらず、あらゆる女性のお祭りで、子どもが対象ではありませんでした。

初節句がメインの風習として定着するきっかけを作ったのは、江戸時代の商人たちです。そこにはやはり、人形をもっと売るため、という狙いがあったのだと思います。
でも、そうした売る努力をする中で、ものが買われて普及していけば、それが文化として定着します。

ですから私は売ることそのものが、文化を広め、普及させる方法だと考えています。

福島原社長が考える伝統とは、昔からやってきたことをそのまま伝えるのではなく、その時代・時代のお客様のニーズをくみ取って、新しいチャレンジを続けていく。そして受け入れてもらえるものを作っていくという、その積み重ねが、後で振り返ったときに伝統になっているという、そういうお考えということでしょうか。

そのとおりです。新しいものを作り出すことは、我われ伝統を守っていく者の務めであり、そうしなければ伝統は続かないと思います。

だったらどうやって新しいものを作るか。やはり玩具にしてはいけないので、守るべきものはしっかりと守る。

でも変えていかなければいけないところは変えていきながら、新しいものづくりをして、伝統を継承させていくということが、私たちのとても大きな務めではないかと思っています。

ひな祭りを伝承するために

福島会社の今後の成長に向けて、戦略や展望はいかがですか?

はい。今後の取り組みの一つとして進めているのが、カスタマイズ商品の展開です。

今は私どもで人形や飾り台屏風、ひな道具などの組み合わせを決めてセットで販売しています。しかし、自分の子どものために世界でたった一つだけの、あるいは、もっと自分の好みを反映した人形がほしいというご要望を、毎年のように多くのお客様からいただいています。

それにお応えするのは、今は意外と大変なのです。手作りですから「はい、分かりました」とぱっと作れるものではないですし、売れるシーズンも年間の限られた時期だけなので、在庫をそんなに無限大に持つこともできません。ですから、どうしても決まったパターンでお客様にご提供しています。

それを、ある程度お客様が自分の好みで組み合わせを変えられるようにできるシステムを、今開発しているところです。それが完成すれば、お客様が自分の好みに合った人形をオーダーして、私どもでお作りすることができます。

福島お客様のニーズに、さらに沿った商品を提供できるということですね。原社長ご自身もお嬢様が誕生されてから、我が子の健やかな成長を願ってお人形を飾るこの伝統文化のすばらしさや、その持つ意味合いなどを改めて考えられたのではないかと思いますが、その辺はいかがですか?

はい。本当にこの風習、とてもいい風習だと思いますし、この文化をこれから根付かせて将来につなげていくことは、本当に貴重な使命だというふうにも思っています。それは自分も子を持つ親になって感じたことでもあります。

今は初節句という風習が中心であり、我が子の健やかな成長を願って毎年人形を飾ってお祝いをするという、本当に美しい文化だと思います。

親にしてみれば子どもができた喜びと、毎年毎年子どもの成長を祝う喜びがあると思います。

子どもにとっても、大人になったときに「ああ、私はこんなに親から愛されて育てられたんだ」ということを実感できるツールがひな人形や五月人形だと思うので、本当に美しい素敵な文化だと思います。

ひな祭りも端午の節句も千年以上続いていますが、千年間一つの民族が文化を守り続けている歴史は、日本以外にはないと思います。

世界史を紐解けば、さまざまな民族の興亡の歴史がある中で、一つの文化が千年続くというのは、これはもう本当に世界にもまれなこと。その上でこうやって仕事ができるということは、本当にありがたいことだと思います。このことを我われ商人が、意識して守っていかなければいけないことなのではないか、ということを最近とみに感じています。
福島お客様が飾りたいと思うひな人形がなかったら、その歴史も途絶えてしまいますものね。

そうです。お客様がほしいとおっしゃってくださる人形を「いかに作るか」ということが、仕事として大切ですし、文化を守る上でもとても大事なことだと思っています。

そのことをしっかりと意識しながら、仕事をしていかなければいけないと思っています。(敬称略)

原 英洋(はら・ひでひろ)氏
1963年生まれ。東京都出身。祖父は人間国宝である人形師原 米洲、母は女流人形作家の原孝洲という人形師の家系で育ち、木目込み人形づくりを継承。昭和60年3月、大学(慶応義塾大学経済学部)卒業後、出版社(集英社)に入社。昭和62年1月、原孝洲(五色株式会社)に入社。同年3月父他界後は専務取締役として21年に亘り原 孝洲の経営に従事。平成20年4月、妹夫婦に後を託し、原 孝洲を辞職。同年、ふらここを創業。平成27年「ダイバーシティ経営企業100選」(経済産業大臣表彰)受賞。座右の銘「一日一生」、趣味「読書」「空手」。
福島敦子(ふくしま・あつこ)
ジャーナリスト / 津田塾大学英文科卒。中部日本放送を経て1988年独立。NHK、TBSで報道番組を担当。テレビ東京の経済番組や週刊誌「サンデー毎日」でのトップ対談をはじめ、日本経済新聞、経済誌など、これまでに600人を超える経営者を取材。現在、BSジャパンの経済番組「マゼランの遺伝子」のキャスターを担当。経済・経営の他、環境、コミュニケーション、地域再生、農業・食などをテーマにした講演やフォーラムでも活躍。上場企業の社外取締役や経営アドバイザーも務める。島根大学経営協議会委員。1997年にはワインアドバイザーの資格を取得。主な著書に「愛が企業を繁栄させる」(リックテレコム)をはじめ、「それでもあきらめない経営」「ききわけの悪い経営者が成功する」「就職・無職・転職」「これが美味しい世界のワイン」などがある。
URL: http://www.atsuko-fukushima.com/