本田雅一のスペシャルレポート液晶TVの課題をクリアしたソニー
視野角を大幅に改善「X-Wide Angle」

ライター:本田雅一(フリージャーナリスト)

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ソニーの最新4Kテレビ

 すっかり市場に定着し、50インチを超える大型テレビだけでなく、40インチクラスまで当たり前になってきたテレビ解像度の「4K」。今年は4K/8K放送が開始するとあって、さらなる販売比率の上積みが期待できるだろう。

 そうした中、秋にソニーが「BRAVIA MASTER」シリーズを投入する。2018年1月の米コンシューマエレクトロニクスショー(CES)2018で参考展示していたX1 Ultimateと呼ばれる新映像処理チップを搭載したOLEDテレビ、及び液晶テレビの最上位シリーズである。OLEDモデルは「AF9」、液晶モデルは「ZF9」と発表されているが、執筆時点で国内向け製品の発表は行われていないため、モデル名称は変わる可能性がある。

 しかし、発売前の現時点においても、新しいチップの能力の高さを感じさせる素晴らしい画質を見せていた。X1 Ultimateがどのようなアプローチで高画質化に挑んでいるかについても後ほど触れるが、まずは液晶上位モデルの「ZF9」について触れておきたい。

 ソニーはBRAVIA Z9Dシリーズという、価格面でも画質面でも突き抜けたハイエンド液晶テレビをラインナップしているが、そうした特殊な例を除けば、このところ「高級機種はOLED、中核モデルは液晶」といった、価格帯によるパネルの使い分けとも受け取れる空気が、テレビ売り場を支配していた。

 しかし、ZF9シリーズはそうした空気感……いわば、液晶は古臭い技術で、最新の高画質テレビなら高価だがOLEDといった雰囲気を大きく変える変節点となる可能性がある。

 なぜなら、液晶パネルを家庭向けテレビに応用する際の最も大きな懸念点である“視野角”を改善する「X-Wide Angle」が初めて搭載され、高コントラストを実現できるVA型液晶パネルでも安定した広視野角を実現しているからだ。

 実際にZF9を見ると、VA液晶独特の視野角による変化が大幅に軽減される。一般にIPS方式の液晶パネルならば視野角は良いといわれているが、IPSも万能ではなく、あくまでも“有利”なだけだ。真横や斜め上からのぞき込むなど特殊な条件を除けば、幅広い視聴位置から、ほぼ同じトーンカーブ、色で見える。

 IPS液晶パネルのコントラスト比向上も進んではいるが、X-Wide Angleが搭載されたVAパネルの視野角は(少なくとも視聴時のインプレッションにおいては)IPSパネルよりも優れたものだった。

 その仕掛けに関しては非公開とのことだが、液晶パネルそのものに工夫を施したのではなく、前面フィルムなどに何らかの光学的な工夫を施したものであることは間違いない。

液晶とOLED、各々に課題が

 VAパネルの視野角に関しては、正面にあるソファーに3人が座って映像を楽しんでいるといった状況であっても、座る位置によってそれぞれ見ている色が違う(特に肌色の違いは顕著)というほどにセンシティブなものだった。

 それでも広視野角のIPSパネルよりもVAパネルが好まれたのは、2〜3倍ものコントラスト比が得られたためだ。

 そして昨今、HDR(高ダイナミックレンジ)技術が導入されたことで、より顕著にIPSの低コントラストが時代に馴染まなくなり、さらには中国・台湾の液晶パネルメーカーが力を入れたこともあって、テレビ向けはVAパネルが主流になっていった経緯がある(シャープもVAパネル)。

 液晶の場合、黒が真っ黒にならない“黒浮き”や、暗部での光漏れが色再現範囲を狭めるという基本原理上の問題があり、バックライトを高精度に部分制御しなければHDR映像の高画質化を実現できないという側面がある。だが、近年のLEDの進化によって“高輝度を出しやすい”というHDR向きの特徴もある。

 その一方でOLEDは“黒を真っ黒にできる”という自発光パネルならではの良さがあるため、画質面では圧倒的にOLEDの方が良いと思われがちだ。

 しかし、実はOLEDにも弱点はある。OLEDには、画素を“発光させるかさせないか、そのギリギリの暗さ”を表現しにくいという、極めて本質的な問題があるからだ。

 また、OLEDは液晶に比べ最高輝度が低いため、それを補うためにRGBに加えて白画素を加え、明るい画素を表現するために白を光らせる。しかし、白画素が光ると色純度が下がる(色が薄くなる)という弊害がある。またグローバルに進んでいるテレビの大型化という流れの中で、大画面ほど液晶の方がコスト面で有利という現状もある。

 つまり一長一短。生産コストについてはあえて無視するとしても、置き場所や目的、どのようなコンテンツを再生するかなどの条件次第で、どちらが良いのかを判断すべきということだ。

 現状、OLEDパネルの方が高コストであるため、製品価格も高く高級品として仕上げられていることは確かだが、視野角問題が大幅に改善するのであれば、そうした位置付けは見直した方がいいという考え方もある。

 OLEDが不得手な暗部階調の正確な表現は、滑らかなグラデーションを再現する上でも重要なポイントだ。液晶は黒浮きがあるものの、バックライト制御を磨けばその弱点を補うこともできる。視野角が改善されるならば、どちらが優れているとは一概にはいえなくなってくる。

「黒浮き」を解消したパナソニック

 視野角を大幅に改善した技術。現在はソニーだけの独自技術のようだが「民生品でもここまでできる」ことが証明されれば、同じあるいは似たアプローチの視野角改善技術を他社が取り入れていくだろうことは想像に難くない。

 OLEDの普及にブレーキがかかるわけではないが、LGディスプレイ1社が供給する現状、前述した技術的課題だけでなく、その生産枚数によってもグローバルにおけるOLEDテレビの流通は制約を受ける。

 LGディスプレイのテレビ用OLEDパネル生産量は、決算報告によると2017年は約170万枚だった。しかし同社は生産工場への投資を加速させ、今年は270万枚、2019年に400万枚、2020年には700万枚まで増やし、2021年には1000万枚まで増産する計画を発表している。

 すなわち、今後はOLEDテレビがさらに増加し、価格もやや下がると予想できるだろう。しかし、それでも普及製品に採用されるほど余剰の生産枠があるわけではない。

 ディスプレイパネルメーカーはOLED大型テレビではなく、スマートフォン、タブレット、パソコンなどの中小型OLEDパネルへと向かっているため、当面は液晶の方がコスト面で優位になるだろう。

 しかしながら、今回、視野角改善の技術が実用化されたように、液晶パネルの弱点が改善されれば、必ずしもOLEDと液晶は“上下関係”ではなくなる。ほしい画面サイズや使用環境によっては、高品位の液晶テレビの方が良いという判断も出てくるからだ。

 黒浮きに関しては、パナソニックが2枚のTFTパネルを重ね合わせ、片方のTFTパネルで画素ごとの透過光量を制御することで、コントラストを大幅に高める技術を発表しており、コストさえかければ液晶テレビにもまだ大幅な画質改善が望める。

 もちろん、OLEDパネルの改良も進むだろうが、これまでのように「未来はOLED」という空気は薄まる可能性がある。“OLEDと液晶のどちらが優れているか”ではなく、我が家にはどちらが適しているのか? という視点で見るべき時代が訪れようとしている。

新技術「X1 Ultimate」とは?

 一方、BRAVIA MASTERに搭載されたX1 UltimateというLSIにも注目したい。この映像処理LSIの注目点は、“従来の映像”を美しく見せるための、従来にはない積極的な仕掛けが盛り込まれていることだ。

 最も大きな効果を感じるのはHDRリマスターだろう。通常ダイナミックレンジの映像を、HDRを表現できるディスプレイで表示したならば“こうなるだろう”という復元をかける機能だ。

 同様の機能は各社とも盛り込んでいるが、ソニーが特徴的なのは復元する対象の映像が“何であるか”を判別し、対象物が本来あるべき質感で表現されるよう映像処理をかける点にある。

 現在でも使われているLSI「X1 Extreme」では、大まかに“これは葡萄”“これはレモン”“これは時計”などと物体を認識して処理している。

 ところがX1 Ultimateは大まかな物体ではなく、物体を構成する要素ごとに認識してダイナミックレンジを復元する。例えば葡萄であれば「これは葡萄の果実」「これは葡萄の果実がついている枝」と、それぞれ別のものとして認識し、それぞれに異なる質感を与えようとする。

 言い換えれば元の映像信号に対して忠実に再現するわけではない。しかし、本来ならば存在していたダイナミックレンジを圧縮して映像化しているのが通常ダイナミックレンジの映像なのだから、それを元に戻した方がより現実に近いともいえる。

 文章で読むだけでは、今一つピンとこないかもしれないが、実際の映像を見れば一目瞭然。従来の地上デジタル放送やブルーレイなども美しくなるが、今年から始まる4K放送も大半はHDR化されていない映像になるといわれている。ダイナミックレンジの復元は、ディスプレイパネルの表現能力を活かす上でも、今後、より重要な機能になっていく。