地方発!世界で活躍する会社本格派の麺と卓越したアイデアで、
ラーメンブームに沸く世界に挑む!

クラタ食品有限会社[広島県]

広島県福山市東手城町1-32-49

代表取締役 倉田 安彦

TEL. 084-945-6200

URL. https://www.fukuyama-ramen.com

倒産した家業を引き継いで

<海外輸出 ラーメン>。こう打ち込んでインターネット検索すると、クラタ食品有限会社のサイトがトップに登場する。

クラタ食品は広島県福山市にある中華麺製造会社。業務用の麺の提供といった裏方的な仕事も多いため、知名度はさほど高くない。しかし、海外に進出してからすでに15年が経過。今では25カ国・46都市で、クラタ食品の麺を食べることができる。知る人ぞ知る、海外進出のエキスパート的な存在だ。

「その昔、日本食といえば寿司と天ぷらでしたが、最近は寿司とラーメンが高い人気を集めています。ラーメンは今が旬。世界中でまだまだチャンスがあります」と倉田安彦社長は力を込めて話す。

倉田は祖父が興した製麺会社の三代目。当初、家業に興味はなく、大学3年生の時に「仕事は継がない」と宣言する。けれども、その矢先、親が複数の会社の保証人になり、巨額の借金を抱えたことにより、手伝わざるを得なくなった。

1年後、会社はあえなく倒産したが、倉田はその後もとどまった。「保証人の件で失敗しただけで、商売では儲けが出ている。生き残れるはずだ」と考えたからだ。

瀬戸内のラーメンで勝負!

倉田は新たな会社を立ち上げて、引き続き製麺業に取り組む。がむしゃらに働くうちに、倉田の読み通り、売り上げは徐々に戻ってきた。だが、扱う商品に個性がない。試行錯誤をしながら、何を事業の柱にすればいいのか、倉田は考え続けた。

以前から、主力商品はうどんだった。おいしいと評判も良かったが、うどんには「讃岐うどん」という一大ブランドがある。味の良さをいくら訴えても、そもそもネームバリューという点で勝負にならない。

また、そばが大好きで、わざわざ信州まで食べに行ったこともある。ただし、中国地方では、見た目が黒い出雲そばが名高い。倉田の好きな更科系の白いそばを売り出しても、そば粉が少ない粗悪品だと思われるだろう。

個性を出すには、どうすればいいのか? うどんやそばではなく、地域の特色あるラーメンに特化するのが一番だ、と考えるにいたった。1997年、倉田が34歳の時だ。

最初に手掛けたのは、福山市に隣接する尾道市の名物「尾道ラーメン」。豚の背脂が浮いた醤油味が平麺によく絡むのが特徴だ。倉田は名店に通って味を覚え込み、何カ月もかけて開発した。しかし、コストがかかり、2食298円で売る予定のところ、100円以上高くしないと利益が出ない。それでは売れないと、販売元になる食品問屋がゴーサインを出さず、お蔵入りになった。

その翌月のことだ。福山市の海産物珍味会社が畑違いの麺作りに進出し、その名も「尾道ラーメン」という商品を売り出した。値段は3食1000円とさらに高い。ところが、このラーメンがよく売れた。

「すごく悔しかった。こちらの商品も販売することになって、けっこう売れたんですが、向こうの売り上げには届かない。それに、クラタの名前は表に出ないし……何かおもしろくなかったんですわ」

納得のいかない倉田は、新たな麺作りに取り組み、新商品を作り出していく。福山の人気店の味を復元した、深いコクの醤油味で平打ち麺の「福山らーめん」。博多のこってり味とは違う、優しいとんこつ醤油味で細打ち丸麺の「広島らーめん」。とんこつ醤油味と魚介和風だしが絶妙に溶け合う、中細角めんの「岡山中華そば」。こうした個性的なアイテムを「瀬戸内麺めぐり」というオリジナルのシリーズとして売り出した。

「いろいろと食べ歩くうちに、瀬戸内の各地域でラーメンの味がまったく違うのに気づいたんですね。ああ、これは面白いなと。こうしたローカルブランドを打ち出していこうと、商品開発に精を出しました」と倉田は会社の転機を振り返る。

勝算あり!と確信して中国へ

商品が充実し、売り上げが増えていく中、クラタ食品は人手不足に陥った。2004年、中国人研修生を迎え入れたらどうか、とすすめられた倉田は、同じ状況にあった地元企業のトップらと上海と大連を訪ねた。この視察が、会社の新たな道を指し示すことになる。

上海の街を歩いていると、目抜き通りに日本の有名ラーメン店があった。同行していた福山市のラーメン店「味の蔵」の会長らと入店。行列と活気あふれる店内に圧倒された。出されたラーメンを食べてみると……。「麺もスープも日本のラーメンと違うのにびっくりしました。いわゆる“なんちゃってラーメン”。うまい麺とスープなら勝負できると、会長と話して、出店を即決しました」

中国で発見した、大きなチャンス。倉田は共同出資での現地法人の出資者兼取締役となり、製麺機を持ち込んで、現地採用の中国人に指南する。視察の翌年、大連に「味の蔵」1号店がオープンすると、それまでになかったコシのある本格的な麺が人気となった。以降、フランチャイズ制で拡大し、いまでは12店舗がある。

「味の蔵」と同じような手法で、クラタ食品独自のラーメン店「麺蔵」も展開。シンガポールと中国のアモイでクライアントがFC出店した。こうした経験から、開業に向けたコンサルタント業務も手掛けるようになり、倉田のレクチャーを受けた現地オーナーが出店するケースが増えていく。店舗にはスープや具材などを引き続き提供するなど、密接な関係が続いている。

画期的なミートフリーを開発

店舗展開と並行して、商品の輸出も増えていった。初めて海外から注文が来たのは2003年。ホームページを見た香港のバイヤーが「すべての商品をほしい」と電話を直接かけてきた。世界的なラーメンブームの高まりのなか、海外からの発注は増え続け、クラタ食品のホームページは現在、日本語の他に英語、中国語、韓国語で展開している。

ただし、輸出は順風満帆というわけではない。日本でのBSE、鳥インフルエンザ、豚インフルエンザの発生により、2009年以降、日本製のすべての動物性エキスが欧米や中国などで使用禁止になるという、ラーメン業界に大きな逆風もあった。

しかし、倉田はこれを逆に好機ととらえ、「2年かけて、肉エキスと卵を一切使わないラーメンを開発しました。これをミートフリーラーメンと呼んでいます。市場が狭くなった分、こうした新たな商品開発が一層重要です」と話す。

「私は新しいことをやりたがり」だという倉田。うま味調味料も使っていない「ヴィーガンラーメン」や、乳幼児や高齢者に適した無塩の「野菜そうめん」、ムスリムに向けたアルコールフリー商品など、他社が手を出しにくい分野の商品に次々と乗り出している。

「世界にはまだまだすき間がいっぱいある。日本よりも可能性はずっと大きいですね。いまは海外が売り上げの2割ですが、5割まで持っていきたい。海外ビジネスを一層展開しやすくするため、今年はHACCPの認証取得も目指します」と倉田は目を輝かせた。(敬称略)